「久しいな、サジタリアス」 ゆらりと振り返ったその蒼天を思わす色の双眸に、射手座の青年もまた眩しいといわんばかりに眼を細めた。蒼天の瞳の周囲を彩る朱金の炎が、あまりにも華やかで鮮やかで、美しく、そのままその鮮烈な世界から逃げるように青年は眼を閉じた。見続けていれば、錯覚を起こしそうだった。 永く静謐を守っていた神殿内を侵す炎は、全てを暴き出すように燃えさかる。 一瞬、そっと唇だけで紡いだ名前は、青年が唯一絶対としたヒトの真名だった。 * 当時の誰もがあの黄金の翼に、絶対の「希望」を見出していた。永いときを経て聖域に帰還した女神である少女もまた、その青年を一目見るなり、その魂に「英雄」の性を視た(その時の少女の瞳がとても悲しげに細められた事はあまり知られていない)。 同じ黄金聖闘士であり、先輩でもあったそのヒトの背ばかりを見つめてきた自分も絶対の信頼をおき、目標にもしていた。それ程、完璧なヒトであった。躊躇う事も迷う事もなく、真っ直ぐ力強く生きているように見えていて。 地上と冥界の理が乱れ、蘇った冥闘士が聖域の最奥にまで侵入した。守りの要である黄金聖闘士の幾人かが冥闘士討伐の為不在であり、冥王との闘いに備え、神殿の奥に女神が籠もっている最中の出来事であった。その見計らったかのような動きと、守りの手薄な部分がまるで判っていると云わんばかりの敵の攻めに、シオンが内通者の存在を感じ取っていた時。 目の前の冥闘士たちが突如放たれた光の一閃によって瞬間に消滅した。あたり一帯が一瞬にして、屍の山と化す。傷ついた腕を抱えたシオンが驚いて顔をあげる。気配もなく現れたのは、遠征していた射手座の黄金聖闘士であった。闇に呑まれゆく世界でも輝きを損なわない黄金の翼。 「女神は?」 「神殿の最奥に、お一人で」 「そうか。…狙うなら今だろうな」 12宮の頂上、女神像を見つめながらそっと呟かれた言葉に、シオンが眉をひそめ訊こうとするより先に、胸ぐらをがっと掴まれた。 「よく聞け、牡羊座のシオン」 息がかかる程近い距離に、射手座の男の瞳の色をみた。そこにいつもとは違う色をみつける。 「…………射手座?」 「私は、決めたよ」 お前達の望み通り、「英雄」として死んでみせよう。 音を伴わず、唇の動きだけで告げられた言葉。シオンの瞳が驚きに見開かれると、男はふっと笑ってみせた。忘れるな、とも男は云った。 「そのかわり、来世でおぼえてろ」 言葉とは裏腹に、その笑みはどこか楽しげだった。間近で見た「英雄」の瞳には普段みせるような穏やかさはなく、ぎらぎらとした…強く、生を感じさせるような、「人間」の生き足掻くような色を宿していた。 「忘れるな、次期教皇。『射手座』が沈まなきゃ、『双子座』は夜空にあがれないんだ」 * ふたつが、ひとつになることなんて、永遠にありえない。 自分ならきっと風邪をひいてしまうだろうなと思わせる薄着で夜空を見つめるその横顔に、迷わず声をかけた。暗くても間違える事なく、彼だと判る。 「ここに来て、一番驚いた事は…流星が毎晩こんなにも降っていると判った事かな」 相手も、こちらを確認せずとも判るといったように、睫毛1つ揺らさず応えた。 「スターヒル…。天の星に最も近い場所だからな」 「そっけない」 「…教皇以外に入る事を許されない此処に何の用だ」 「君こそ」 彼、双子座に愛された青年がふっと甘く笑う。弧を描く口元。 「────は、誰にも云わないだろう」 肯定的な云い方に、名を呼ばれた自分も笑い返す。ようやくこちらを振り返った蒼天の瞳に導かれるようにして、指先がその長い髪の一房を絡め取る。どちらが先に動いたのかは判らぬまま、気づけば2つの体が抱きしめあっていた。掻き抱くように、2人の間に空気すら割り込ませるのも許さないとばかりに強く。衣を剥ぐのさえ、もどかしくてたまらない。確かなぬくもりを感じられる事が今はたまらなく愛おしく心強く、安堵した。そうして、愛おしさが募れば、口づけの深さもまたより情熱的になる。 世界が傾ぐ瞬間に、青年は、己の宿星である射手座を見つけた。 「……君は…、星を読めるのだろう?なあ、教えてくれないか」 「何を」 一方的に脱がされるのは癪なので、双子座の青年も引き裂くように射手座の服を剥ごうとしていた時だった。射手座の青年が合間合間に囁いた。 「死にたくない」 その指が、ふっと動きを止める。名を呼び、男の顔を覗き込もうとするより前に、長い髪を乱暴に引っ張られた。のけぞった白い首を、かみつかれる。双子座の眼は、天上の…美しき天の川を視界に映す。その中で、流れ星が、短い弧を残して消えてゆく。ひとつ、またひとつ。1つの夜に、一体、幾つの星が死んでいくというのだろう。 先程、ここに入ってもいいのは、現教皇のみといったが、本来ならばこの射手座の青年が此処にいてもおかしくはなかった。教皇に匹敵する程の小宇宙を秘めた最高位の闘士。仁・智・勇を兼ね備え、歴代射手座の中でも最強かと囁かれる力。 予想以上に苦戦を強いられた海闘士との戦いで、黄金聖闘士でもっても倒せずにいた海将軍の最後のひとりに大怪我を負いながらも見事うち破り、地上を守った。全てを守り抜いたその黄金の眩い翼に、人々は絶対の希望をみた。「英雄」だと、呪いをかけた。 青年が教皇になれなかった理由はただ1つ。彼が「英雄」の宿業を抱いてしまったからだ。「英雄」は、神話の時代から定められている性がある。…みな、必ず短命なのだ。そうであらねばならなかった。 「────」 双子座の青年が名を呼ぶと、戸惑うような気配を肌越しに感じた。らしくないそれに、思わず苦笑する。そんな姿を誰が「英雄」だと思うのだろう。気づけばずっと傍にいたこの射手座の青年は、昔からちっとも変わらない。それを、双子座の青年は知っている。 「……いつから、────に情けないところばかりをみせるようになったのだろうか」 射手座の青年がそう囁きながら笑うから、双子座も笑った。何もかもひっくるめて感情すら共有できてしまえれば良かったのに。こんなに互いを知りながら、認めながら、求め合いながらも、どうしてふたつはふたつのままなのだろう。いっそ、ひとつに溶け合ってしまえれば。 「…押し付けるだけ押し付けて、本当に大切な事は何一つ云わないくせに」 「そんな事はない」 「何も云わないから、私も絶対云わないよ」 告げて、双子座が射手座の柔らかな髪を包み込むようにして抱きしめた。やさしく、やさしく。 空の彼方の射手座の星がやがてゆっくりと消えてゆき、反対の空からオリオンとともに双子座があがるときまで2人はそこにいた。 * 「サジタリアスっ!!」 憎しみと悲しみがごちゃ混ぜになって、最早その場が一体何の感情で制されているのかすら判らなかった。途方もない喪失感だけならば、知っているかもしれない。ぎっと睨まれた瞳の色すら、赤なのか青なのか。( 嗚呼、) 眼を瞑る、いつかの日の星空を思い起こす。あの日の流れ星に願うのならば、あの日に自分を戻して欲しいという事だけだった。 (結局、君が、俺を殺すのだ) NEXT>> (060925) |