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「馬鹿馬鹿しい。何故、神々の余興の為に死合わなければならない?」 「大神のお決めになった事に逆らうのですか、アイオロス。逆らえば、私たちの頭上に神罰がくだるだけですよ。…冷静になってください。貴方はなんであれ私たちの統率者。貴方が安易に死に走れば、同時に、貴方を慕い集った私を含め多くの人間も死ぬのです。…シオン亡き後…一つだった我らが二つに分かち……それは、あまりに長すぎました」 何故、こんな状態になったのか、アイオロス自身にさえもう判らなかった。偉大なる教皇が突然聖域から失われたあの日。あの日から、アイオロスと「彼」は引き離された。周囲が許さなかった。アイオロスの意志など何処にもなく、周囲の者たちが煽り合い、多くの血が流れ、気付いた時には聖域が真っ二つにわかれていた。 「…かつてはあれほど、傍にあったというのに………何故、」 「それは、アイオロス、あなたがもう一人の「教皇候補」を望んだからですよ」 うつむいていたアイオロスがゆっくりと顔をあげ、静かにたたずむ牡羊座の聖闘士をみた。その瞳の翡翠の色が徐々に暗く深みを増していくのにムウは気付く。 気付いたが、哀れむように眼を閉じた。こんな馬鹿げた世界で死ぬよりは、此処でこの薄暗い世界でなお光り輝く黄金の翼を背負い続ける人間に殺される方がましだった。そう、思った時、 ど、がぁぁぁぁぁん…! 吹き荒れる爆風。ムウが素早く、そして冷静にアイオロスの体を小宇宙によって守る。わーわーとどこからか悲鳴に近い声があがっている。次々と近くの建物が爆発とともに破壊されていった。風がまだやまぬ中、アイオロスがふっと視線をそちらにむける。 ぴたりと首筋にあてられた血まみれの爪先。 「…デスマスク」 「よお、久しぶりだな。英雄」 殺し合いが、はじまったぜ。 「…っ、蟹座!」 「おっと、手ぇ出すなよ。逃げ足だけが早い牡羊座。俺は、この状態のまま冥界へ送る事もできるし、その前にもう片方の手で…次期教皇の証である『碧の瞳』をくりぬく事もできる」 銀髪の男がにやりと笑い、より一層その鋭い爪先が、アイオロスの首にくいこんだ。小宇宙をこめればあっけなく死ぬ様が眼に浮かぶ。ムウが荒ぶる小宇宙を押さえぬまま、アイオロスの背後にたつ男を睨め付ける。周囲では再び爆発。相手側の雑兵達も流れ込んできたのだろう。ここは強固な結界をはって守っていたはずの地であった、同じく次元を歪める力をもつ蟹座の男がしかし、あの乙女座が張った小宇宙をうち破れる力をもっているとは思えない。あちら側で最も空間を支配する術を知っている男…それをムウは一人しかしらなかった。 「……サガが、本気になったのですね」 そのとき、蟹座の男が今までにみせたことのないような優しい優しい笑みを浮かべた。かつて年下なのに生意気だった子供たち相手にみせたような、 「双子座に最も忠実だった魚座が死んだからな」 遠くで、また爆発。悲鳴。怒声。血の匂い。死の充満。アイオロスがゆっくりと眼を瞑った。 「今のこの時代は、とても平和だ。かつてと比べて、とても…。誰もが望む時代が来たのだ。安息の時代が。争いなどいらない。俺達はもう必要ない。人を殺す術など捨てて、この安息に身をゆだねる事はできないのか、デスマスク」 「…俺達から拳を奪うか、何者にも支配されない英雄」 「諍いなど無意味だ。聖域などもういらない。何度云ったら判る」 「…黙ってねぇと殺すぞ」 「俺達はもうこの時代に必要とされていないんだ」 「……俺達が此処以外で生きられると思うのか、おまえは!!」 …………!!!! 首にくいこんだ指が小宇宙を爆発させるのと同時、否それよりも前に生じた力が全てを薙ぎ払っていった。散っていった「モノ」に、アイオロスは思わず手をのばす。 「情けをかけるか、射手座」 「………シャカ…………何故、おまえが」 「貴方の命を守ると誓ったはずだが」 「そんな事を訊いているのではない!」 何ひとつ残さず消え去ったかつての仲間に、仲間の死にアイオロスは言葉にならない絶望を味わった。自分が殺されようとも何であろうとも、違う、そうではない。彼は、今眼の前で失われてしまった彼は、───── (あいつが、拾ってきた初めての子…) 「貴方こそ、誰の為に悲しでいるのだね」 「………………」 「貴方がそうしている間に、両陣営の境界線付近で蠍座が水瓶座と戦闘し…相討ちになったよ。今回の件で、神官雑兵ともに死傷者多数。無論、攻め入ってきた雑魚は私が全て葬ったがね」 「アイオロス、これでもう全面戦争は避けられませんよ」 「……くだらない!」 振り上げた拳を壁に叩き付け、言葉を吐き捨てる。 「何故闘う?争う?殺し合う?こんな事で命を落とすなど無意味だ!!俺達に闘う理由などとうにない!女神が降臨されないという事は、地上の平和が約束されたという事!俺達は神に与えられた力を返上すべきなのだ」 「────では、どうするのかね」 色を変え始めた瞳を手でおさえつけながら、アイオロスがゆっくりと首をふる。 「……天界へ通ずる門へ。直接、大神に会って…………こんな馬鹿げた事をとりさげてもらう」 何かを言いたげに近寄ってくる人間を手で追い払いながら、もう一度強くアイオロスが宣言した。 「俺を統率者だと思うなら、黙って俺に従え!!」 それでも、この胸の虚空がうまるはずもない。 * 「………射手座からの文は、一体何を、」 静かに近寄ってきた山羊座に、蒼い瞳の男がふっと笑って、紙をひらりと寄越した。やや乱暴な筆跡で記されたそれ。蟹座の死亡報告とともにやってきたもの。 「死闘する意志はない、争う意味もない、この安息の時代に力はいらない、…あの恐ろしい大神のもとへ行き、そう訴えてくるそうだ」 「─────それで、貴方は?」 暗がりの中、それでも一瞬その瞳が蒼く光る。蒼天を思わす、色。蒼い、炎のように、揺れる。 かつて、今は亡き教皇シオンが二人の候補に渡した禁断の瞳。その片割れ。今は一つの色だけでゆらりゆらりと闇に浮かぶ。 「決まっている。出陣だ。………殺し合う道しか残されていないのだから」 * 「永遠より、刹那を君にあげたい」 思ったままの言葉をそう伝えれば、一瞬きょとんとしたサガが次にふわりと笑った。花がほころぶように笑った。 「だって、永遠はかわいそうだろう?寂しそうだ」 「…私は君からたくさんのものをもらったよ。だからもう何もいらない」 たくさんの優しさを、ぬくもりを、愛を。 二人が出会ったその当時の世界は、平和など程遠く、死と血の匂いで麻痺しきった戦乱の世だった。幾度も幾度も殺し合い、それでもまだ足りないとばかりに殺し合った時代。その時代に生まれ、聖域に拾われ技を学び、そして出逢った。二人にとってかけがえのない出逢い。 「…戦などもう、ない。俺達の力はやがて、何かを救う手になるだろう。だから、サガ」 真っ直ぐとした翡翠の瞳にのぞき込まれたサガは伏しがちだった蒼い双眸をゆっくりとおしあげる。交わる碧と蒼。 「ただ、共に、生きよう。苦しみも悲しみも越えて」 君の傍で、この拳をぬくもりにかえて。 (070124) あってもなくてもいいような続き。 |