こんな天界編があったらいい1。デスマスク視点で。






雪の日は、嫌いだった。


白い雪にぼたりと落ちて咲いた鮮血の花弁は、次の瞬間に黄金の重い足がふみつぶして消していた。でもまたすぐに同じ花が咲く。全ての不浄を覆い隠す清浄の白さえ間に合わない。
ぼたり、ぼたり。
こぼれ落ちる度に意識はさだまらず、おぼつかない足取りはみていてけっして安心できるようなものではなかったが、誰も手はだせなかった。こちらを振り向かず、血泥にまみれた金髪の男に。誰も触れられなかった。

以前にも似た景色を、記憶していた。確かに。



十数年、明ける事のない悪夢を見続けてきた。
たえまない悲鳴、飛び散る血、ゆきばを失った狂気。誰かを傷つけるのではなくて自らの体に傷をつけなければ満たされない、何とも気持ちの悪い日々だった。始まりは雪が降り始めそうな夜だった。



過去ではない、今。現在、その男が、吐き捨てるようにハッと笑うのをきく。
蘇って以来、そんな笑い方をした事はないはずだ。むしろ、日々死んだような顔をして宮の奥にこもっていた男だった。なのに、今はどうだ。
あのもえさかる小宇宙、眩い金糸の髪、こちらからはみえない でもきっとその瞳は今またあの1つの星にとらわれ光をともしはじめているだろう。
そういう男なのだ。
たった1つの星に左右される。


「…笑わせてくれる。あの日、私が何を云っても願っても死に行く事しか望まなかった男が、…はっ!天の神にのみ従うか!あまつ私でさえなしえなかった海と冥の神までをも殺すとは」


ぴりりと空気がきしむ。痛みをこらえるように、デスマスクは目を瞑った。かわいた網膜が痛む。しくんとくる痛みにただひたすら過ぎ去るのを待った。待った。声はすぐに。


「動ける者だけ今すぐここへ集めろ!神殺しの男の次なる標的は、我らの女神だ!」


ひるがえる白いマント。従う者の忠誠。血と、雪。裏切りの、…裏切り。
崩壊した聖域はもはや見る影もない。神代から存在し続けた神殿を壊したのは、この男ではない。この男を何故か庇った教皇と「神殺しの男」の小宇宙がぶつかりあったせいだ。
神殺しの拳が、教皇の胸をつらぬき。ただでは死なぬと最後の力か、教皇は自らの命と引き替えにその男の腕をうばい…。その腕…拳は本来、金糸の髪を血で染めた男にむかっていた拳であって。


雪の日がきらいだ。何年も前のあのつまらない日を思い出すから。
白い雪を握り締めたその手を、空にむかってのばしていたヒトを想いだしてしまう。指の間から風によってこぼれてゆく雪のかけらがまるで誰かの羽根のようにおもえたあの日。1人でずっとそうやって、手を赤く染めて羽根をみつめていたヒト───今は、もういない。あの日にいたひとはもう誰1人としていない。
もう、かわった。おわったのだあの日は。


「デスマスク、」
「…はい」
「女神のもとへ案内しろ」


振り返るその強い蒼をみすえた。強い意志をひめた蒼。死んでいた蒼はもういない、ただひたすら感情によって目覚めた男。
その感情が何という名であり、そして誰によってもたらされたのか、もうどうでもよかった。


金糸の男の指が握り締める黄金の羽根の数枚をみつめながら、そう思う。





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