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呪いが始まった日を、自分は知っている。 「別にどうでもいいんです、俺は」 彼らしからぬ、そんなどこか投げやりな云い方に、理由もなく気味の悪さを思った。 13年前のある日。静かな朝日が全てを照らし出す中、彼の顔だけは逆光のせいかよく見えなかった。 「このまま聖域が滅びようとも、女神が死のうとも、俺が殺されようとも、…彼が狂おうとも。…もう、どうでもいいんです」 射手座の少年はそう笑って、教皇のもとを去った。 * 射手座のアイオロスだけが蘇らなかった。 誰もが落胆したが、あえて口にだす者はおらず蘇った残りの黄金聖闘士を民衆は祝福した。その中には双子座のサガもいたが、祝いの席に出る事はなく、ずっと1人宮の奥にこもっていた。自殺するんじゃないかとそういう言葉もきこえたが、半身であるカノンがそれを強く否定した。兄は至って正常であり、ただ己の罪を償う為に自ら籠もっているだけだと。確かに小宇宙をみれば安定している事がわかる、むしろ双児宮に強いまじないをかけ防御をより強固にし、女神を守る宮の1つとしての役割を完璧に全うしていた。静かな、闘志。 …来るべき聖戦の折りには、小宇宙が枯れ果てようとも戦うと女神と神の契約をかわした。 神の契約は絶対の効力をもち、おまけにやっかいなことにもなるのだがサガは自らすすんでそれを受け入れた。 その一度きりしか、シオンはサガをみてはいない。 * あの瞬間────、 慟哭に満ちたペルセポネの小宇宙が世界を包んだのが判った。小宇宙ももたない女官でさえ悲鳴をあげた。世界が震えた。冥界の破滅をシオンと幾人かだけが感じ取った。ハーデスの死。 女神は日本に帰郷しており、だが小宇宙を介して連絡をとることができない。次に、ポセイドンの死が世界に響いた。一瞬、海龍として海底にいるカノンを思ったが、次にくるのは確実に女神の死でありそれだけは避けるべき事であったからすぐに下へかけくだった。 何故、その時、下へ向かおうと思ったのかは今も判らない。降りているうちに、12宮のどこかで激しい小宇宙の競り合いを感じ取った。 どうして。何故。そう訊かれても、答える術などもたない。 過去の罪悪感からかといわれればそうかもしれないし、違うかもしれない。 ただ、サガがそれを受け入れようとしているのが判ったから、手がでたのだ。 愚かしい事だった誰もが。ただ風向きにさからえない男と、たった1つの感情のみに従った男と、そして最後の最後で甘さがでた自分。 金糸の青年をかばった瞬間、飛び散った赤い血が、いつかにみた過去とだぶる。 ああ、また繰り返したのだ。 ただ、それだけ。 それでもどうしようもなく繰り返すというのなら、好きにすればいい。 間違うのなら、またやりなおせばいい。 震える指が、傾ぐ体をささえた。涙にぬれる蒼。 散る雪がただ静かに、血を隠そうとするが死の匂いは近い。 あの日と同じ、でもあの日と同じにしてはならない。 変えろ、変えるんだ、今度こそのその運命を! それが声になったのか判らない。 視界の隅でよろめく影をみた。片腕を失った男が立ち上がるのを、ぬれた蒼がとらえた。その色が徐々に変化していくのが判る。 繰り返すな、繰り返すな。 繰り返さないでくれ。 「逢いたかったよ」 ひどく何かが欠けた姿である男があのいつもの笑顔でそう告げた。雪の降る日。血塗れた姿に、あの日を彷彿させて。 あの日には、その欠けた部分に女神がいた。希望がいた。 「…私もだよ、アイオロス」 薄らいでいく意識の中、細かに震える金糸の青年の指をそっと握り締める。 最後にできたのは、それぐらいだった。 繰りかえすな繰り返すな、過ちの終わりは自分でいい。 …どうかまた、運命に殺される事なきよう。 今は、みえぬ女神にただそれだけを祈って、目をふせた。 愛しいひとたち、さようなら (060203) |