たとえ、ヒトがソレを凶兆だと云っても、
それでも君だけが、ソレを否定してくれたから、

だから、僕は素直に告げた。









虹の彼方で、僕は眠りにつく。-夢かの様な、現実に。-







幼い日の約束だなんて、簡単に破られるのだと。
その瞬間、判った。
いや、もっと前から…あの約束をした時からすでに、この約束はきっとかなわないんだろうと思っていた。

だって、自分は、とてもとても、弱かったから。
君は、とてもとても、まばゆい存在だったから。
消される前に、消してしまいたくなると、判っていたから。





幾万の星の下、いつか二人で寝そべった草原の中に彼は、いた。
片手を顔におき、星を見据えていた彼は、こちらに気がつくと、ふ…と息をもらす。


「……遅かったな…」
「…………女神を、何処へやった…?」


彼の横に膝付き、その首へとつかみかかる。彼の半身が草原よりわずかにあがる。その分、二人の距離が狭くなる。瞳が、近い。
苛烈なゆらめきをみせる蒼の瞳が、少年を睨んでいた。頼りなく揺らいでいるのに、でも睨もうとしていた。


「此処にはもういない」
「逃がしたか。流石だな、英雄。自らの命をていして守り抜くとは」


皮肉気な笑みがもれる。口の端がゆがむ。でも、目だけが上手く嗤いきれないでいる。手が、小さく震えていた。それは、逃げた女神がいつか自分を断罪するのでは、という恐れからの震えではなく。


「………お前は、裏切らなかったという事だ…」


2人の、あの約束を。
瞼裏にひろがるいつかの青空の虹に、頭の奥がずんと痛む気がした。それでも、小さな痛みなど気付かないふりをして、ただもう絶え絶えの息をする者を見下ろす。
だが、ふと少年は苦しげな息の下で笑った。いつもの様に。


「……何故、笑う…。何故っ…?…………裏切られても何故、笑えるっ?!」


笑う顔をみていたくなくて、その体を強く揺するが、少し苦しそうな顔をしただけだった。掴む場所から伝わるのはただ弱っていく命の波動。彼はそれに抗う事なく委ねようとしている。命乞い一つもせず、ただただ女神を抱え逃げた、英雄。
彼より、サガの方が苦しげな顔をしていた。


「裏切ったのは、私だっ!聖域を、女神を…シオンを…、お前をっ!!裏切ったのは私だ!もう、判っているんだろう?!」
「…ああ、………そうだな……判ってる」
「なら、何故、責めない?!どうして……っ」


一人で、そう…穏やかに死に行こうとしている?
誰にも自分の見た真実を告げる事もなく、裏切り者に恨み言一つ吐く事なく…。

それがとても腹立たしく感じた。結局、この存在を自分は越える事ができなかったのだと…。この…魂に。笑われていると、気が狂いそうになる。まるで、昨日と変わらぬ様に、その傍らで微笑み返せそうな気がしてくるからだ。嘲笑のがまだ良かった。
それが、罰なのか。

彼が微笑みながら、静かに口を開いた。


「…裏切ってなんかいなかったからだよ」
「………な…にを…、」
「俺は知っていた。信じてた。そして、サガは裏切らなかった。」


困惑した蒼の瞳が不安気に揺れる。蒼い蒼い宝石から、零れる月の雫にふれようとして、でももう満足に指も動けない事にアイオロスは気付いた。地上での肉体は、もう保たない。
指一本でさえ動かなくて、あと自分に何が出来るのだろう。
判らなくて、ただアイオロスは笑った。


「サガが、俺の事を『英雄』だと云った…。お前は…ずっと俺の事をそんなふうに見ていた。…だから、俺は…サガの『英雄』になろうと…思ったんだ。…きっと、サガなら…俺をそんな存在にしてくれると……判ってた…。俺が『英雄』っていう…絶対的な存在になんなきゃ……サガが、たえられないから…。………ずっと…………った…。」
「……かすれて……何云っているのか…わからない…っ…。」
「……………サガに……俺は、ただ……、」


アイオロスの頬にぽたりと、おちてきたものは、やけに生暖かい。
それが、サガの流した涙だと気付いて、アイオロスはまた笑った。
最後の最後に、サガが与えてくれたモノが、ソレだったから。



『なぁ、俺は、お前の「英雄」でいられたのだろうか?』



その蒼天の色に、ずっと、一途なまでにみつめて欲しかった。
彼自らが認める越えられない存在として、憎悪でも何でも良いから、その眼差しの先に在りたかった。彼の望み通りに全てしてあげたかった。
ただ、それだけだったから。






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