last song






強く握りしめれば、そこから鮮やかな赤がこぼれだしてきた。
小さな小さな、それでも強靱な棘が弱い皮膚を傷つけ、血を流させる。
でも、それさえ気にはせず、男はその棘のある紅い花をむしり取り、そうして今度はその紅い花弁をもむしり取った。
手の中には、血の色よりも更に鮮やかで濃厚な赤の花弁。
…そして、それを今度は、この高い丘から下界へ──蒼い果てない空へと放る様にばらまいた。
紅い紅い花が───彼の血も交えながら───降り舞う。
蒼い蒼い空に、鮮やかな真紅の色が降りそそぐ。
紅い花弁が…。

それは、「彼」への弔いでもあり、自分への慰めでもあった。

「ねぇ、何をしているの?」

いつかにも聞いた…純粋な想いから紡がれた声が、後方よりかかる。
サガは振り向き様、残っていた花弁と花弁の欠けた茎を全て投げ捨てた。
後ろには当たり前かの様に、少年が立っていて、こちらを見ている。

「何をしているの?」

再度の問い。
その声に少しばかり眉をひそめ、子供を見返す。

「……何も、してはいない」

そう、何もしてはいない。
自分の時は、あの瞬間───あの雪が降り出しそうな程に寒かった日に全て凍えてしまったのだから。
何も、してはいない。
何も───しようとする気がなかった。

全てを溶かし癒す春は、もう自分には一生来るコトはないと判っていた。







「あぁ?教皇が、ガキ拾ってきたってぇ?!」
「そんな大声だすな、煩いぞ、デスマスク」
「で、今、その子供は何処にいるんだ、アフロディーテ」
「今は、その教皇サマとスターヒルに行ってるよ」

軽く肩をすくめながら、アフロディーテは応え、手持ちの薔薇の花をいじる。

「何で、ガキなんかわざわざ連れ帰ってくんだよ。アイツ、黒じゃないときは、何もしないでボーっとしてばっかいるくせに!」
「私にそんなコトを云われてもね。まぁ、子供自体は結構大人しい子だから、さほど問題はないさ」
「今、問題なのは、別のコトだ」

シュラがそうすました顔で云えば、ますますデスマスクが嫌そうな顔をする。
大体、あの教皇と関わって、良いコトがあったためしなどない。

「あの子供の世話を誰がするかだ」

一拍、間が置かれ、そして───途端、デスマスクがいきり立った。

「んなの自分でやれよ!それに、神官達だっているだろが!」
「教皇直々の命令だ」
「観念しろ、デスマスク。お前だとて、教皇の命には逆らえないだろが。私達はそう約束したのだから。心配ない、当番制にしよう」
「……ぜってぇ、すぐに飽きるぞ、アイツは。飽きて、そして、殺す」

心底嫌そうな顔をして呟いたが、それに対する応えは、突如その室内に入り込んできた子供によってうやむやになった。
件の、子供だ。

「お腹すいたー!何かないの?」
「あ?自分で何か探せよ」
「えー!だって、サガが、おぢさん達につくってもらえって…」
「おぢさんだと?!」
「とにかく、おーひーるー!」
「あぁぁぁぁ!うっせぇ、黙れ!オレはガキが嫌いなんだよっ!」
「おーひーるー!」
「くっそぉ!つくれば良いんだろ、つくれば!だから、袖を掴むんじゃねぇ!」

ぎゃあぎゃあわめきだすデスマスクは、なんだかんだいいつつ子供のご飯を作り始めてしまった。料理中もなにやら子供と何かを言い合っているが、決して殴ったり蹴ったりしてはいない。
それが充分判っているからこそ、シュラとアフロディーテは傍観に徹していた。
彼は、この三人の中で一番優しいのだと、二人は知っている。

「で、あの子供の名前は何ていうんだ?」
「…………ロスだそうだよ」
「─────は…?」
「名前がなかったから、教皇がつけた。碧の瞳だから、ロスだとさ」
「莫迦な…」
「莫迦だろうさ」

「……デスマスクが云った言葉、あながち間違いでもなさそうだ」

眉間に深く深く皺を刻んで、おもたげにシュラは溜め息を吐いた。







口からもれる白い白い吐息によって、自分はまだ生きているのだと何となく判った。
こんなに手足が凍えているというのに、まだ生きているのだ。
まだ─────…。

「何をしているの?」

いつもの問いかけに…サガはゆっくりと肩越しに振り返る。見えたのはやはり、いつもの子供。いつのまに追いついたのだろうか。
凍えた大地の上をあてもなく歩いていたサガはようやく其処で足を止めた。

「……お前はいつも私に問うばかりだな」

初めて出逢った時から、ずっと…──同じ問いばかり繰り返しされていて…、サガはそれを真面目に答えたコトはないが…。
でも、それでも、彼は飽きずに問い続けるのだ。
子供はきょとんとした眼でこちらを見ていた。碧の瞳で。

「だって、僕はまだサガの事を何も知らないじゃないか」

あたりまえだと云うかのようにはっきりと云いきられる。
子供の真っ直ぐとした眼が、サガの伏し目がちな眼をみつめてくる。その純粋な色をした眼で全てを暴こうかというかの様に。
───この感覚を、自分は前から知っていた。

───この言葉を、前にも誰かに云われた。

あれは──…………。

突如、襲ってくる過去の映像から逃れる為に、サガは頭をふって、そして、自ら子供の瞳を見つめ返した。

「……悪かった…。じゃあ、何か私に訊きたいコトはあるか?」
「えっと…じゃあ、何でいつも歩き回ってるの?何処かに行きたいの?」

無邪気な言葉が、それでも細かな針となって、ひっそりと胸を突いていく感覚がした。

「……………約束した場所に行きたいんだ……」
「約束した場所…?」

碧の瞳が自分を映している。
それに少し泣きそうになりながら、サガは答えた。

「アイツと、約束した場所を、私は探したいんだ……」

行って、何があるというわけでもないというコトは知っていながらも……。





初めて逢った時のコトを今でも覚えている。
やけに笑顔が綺麗な奴だった。

最初の頃は、逢うたび逢うたび、話しかけられ、いいかげん鬱陶しく思っていた。
自分の話をし、そしていろんなコトをこちらに問いかけて…。
しつこかった──というか、自分にこんなに話しかけてくる存在というのが信じられなくて、どう接したら良いのか全然判らなくて…だから、ある日、訊いたのだ。

「何故、私にそんなに話しかけてくるんだ?」

彼の答えといえば、

「だって、オレはまだサガの事、何も知らないじゃないか」


だから、知りたいから、仲良くなりたいから、話しかけているんだよ。


その言葉を聞いた時、サガにはソレが信じられない生き物の様な気がした。
信じられなかった。ひどく驚いた。
一瞬、胸中を鮮やかな風が通りすぎていったきがした。


彼は、風だった。
まさしく風だった。
季節を揺り動かす…新しい風を与える、風。

そして、いつのまにかどこかに消え去ってしまう風なのだ。
風は、この手で掴めるわけない。


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