のラプンツェル7





いつもとは違う時間。まだ太陽王が空に君臨している真昼の頃。
夜ではなく、明るいうちにアイオロスは再びこの塔の前に来ていた。手荷物なんていつもはほとんどないのに、今日だけはやけに多くのモノを抱えて。そして、いつもよりも真剣な瞳が、塔を見上げた。
────この塔は、サガがその長い長い髪を垂らしてでしか入る事しかできない。だから、サガが自分に気付かなければ、入れる事はない。昼間は、ほとんどサガは眠っているという…。

(…気付くわけないか…。)

やはり、もう一度時間を改めて来よう。アイオロスがそう思って、引き返そうとした時だった。
塔の窓から、いつもの様に、髪でできたロープがおろされたのは。


いつもの様に、窓から中へと入ったアイオロスは首を傾げた。サガが部屋の隅の方で、隠れる様にして立っているからだ。光の届かない隅だから、その顔がよくは見えない。


「……サガ、どうかしたのか?………」


触れようと、手をのばす。
触れる、その寸前──…。


「手に入れた途端に、歯止めがきかなくなったか。私は知っているぞ。国を捨ててまで、アレが欲しかったか。」


笑う気配。いつものサガではない様な気がして、アイオロスが眉間に皺を寄せる。
何かが、違う。違和感。でも、光のあたる部分までのびているその髪は、まさしくサガの美しい金の髪。他の誰にもそれ程の類似した髪質なんて見いだせない。


「………サガ……?」
「違う、そんな名の者など後にも先にも存在しない。アレは、ラプンツェルの子。」
「ラプンツェル……、妖精の育てる魔法の葉の名…。」
「そう、まさしくソレだ。アレは…お前がサガと呼ぶ者は、その葉を血肉に宿せし子。呪われた子だ。ヒトではない。ヒトの魂を喰らいし子。」


ククク…と喉の奥で笑いながら、金の髪をもつ佳人が一歩前へでる。
一歩、一歩。陽のあたる場所まで。
────金の髪、………否。
気付いた時には、その髪は真っ黒に染め上がっていた。黒い、黒い、漆黒の艶を放つ。
そして、その眼は紅かった。石榴石よりも深く、鮮やかな紅。


「………誰だ、お前はっ…?!」
「私こそが、ラプンツェル。子に宿りしラプンツェルの魔の部分。」


その手には、銀の短剣を握り締め。
艶やかな笑みをみせる紅い瞳の者は、でもどこか蒼い瞳の佳人と似ていた。


「安心しろ。祝福を受けし子は、今は眠っている。私はただ、肉体を借りただけ。」


一歩、一歩、近付く足は、徐々にアイオロスを追いつめる。
すでに、彼の後ろには外の景色。窓。


「お前は、アレを駄目にする。お前という存在が、狂わす。触れてはならなかったのに。」
「──────…」
「一国の王が、突然消えれば皆驚くだろうな。しかも、その死体は触れてはならない魔の森で見つかったとしたら……国は、魔に呪われたのだと、皆きっと騒ぐ。どちらにしろ、お前は国を弟に預け、アレと一緒に何処かへ行こうとしていたらしいが。」
「……知っていたのか。」
「だから、云ったろう。私は全てを知っている。」


短剣が、高々と掲げられた。鋭利な刃が、きらりと煌めく。奪う為に。
アイオロスは、笑った。仕方がないと笑った。


「国には世継ぎがいなければ駄目だからな。でも、俺はもう…サガ以外、いらない。だから、捨てようと思った。弟もいる。サガと、何処か遠くへ…しがらみのない地へ行ってみたかった。」
「叶わぬ願いだったな。」
「最後に、サガをもう一度見たかった。」


振りおろされた刃。残光。切れる空気の悲鳴。傾く太陽王。
そして、────白い肌によく映えた紅い…片耳だけのピアス。

そこに、真実がある様なきがして、アイオロスは、最後に小さく微笑んだ。
サガを思いながら、微笑んだ。










満ちる事のない月の夜。手探りで、触れ合った。確かなモノが、何か判らなくて、怖くなって、その度に彼の手を掴んだ。そして、その度に、彼の笑う気配と囁かれる睦言を聞いた。
全てが、永遠になって欲しかった。
この瞬間が。彼といられる全てが。

いつか、壊れる事を知っていた。
あの日に見た、掌の月の様に。少しでも震えれば、壊れてしまうのだ。

(─────私が、ラプンツェルだからか?…)

暗い不安、紅い闇が、サガを覆い隠そうとする。呑み込もうとする。
でも、その度に、彼の声が、サガをすくい上げる。


「サガ」


─────名を。ラプンツェルではない名が、此処に繋ぎ止める。


「……アイオロス…、証を────。」
「……証?」
「私が、此処に、確かにいるという証を…。『サガ』とお前が呼ぶ私が確かに此処に存在するのだという証がもっとちゃんと欲しい。」


ラプンツェルの闇に囚われない様に。
ラプンツェルの呪いを捨てても、自分が自分であれる様に。


「痕を付けるのではない。鬱痕も、傷口も、ヒトの体でさえも、いつか消えてしまうのだ。全て、消え去ってしまうのだ。だから、そんなものではない…もっと確かなモノが欲しい。永遠の証を。」
「…………なら、コレを…サガにやろう。」


アイオロスが、そう云って差し出したのは────紅いピアスの片割れ。
常に、彼の耳にあったモノだ。


「俺の一族に伝わるモノだ。唯一無二の…王の証。」
「………王?」
「サガに。コレの片割れをサガに。違え様のない愛の証として。」


口付けるとともに、囁かれた。


彼の愛は、此処に在った。応えたサガの愛も、また其処に。
互いの片耳に、紅い証を。









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