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紅のラプンツェル6 ずっと、このままで在りたいと、夢見たのだ。 ずっと、このまま…彼と朝を迎えていたいと、穏やかな朝を。もう誰も喪う事なく。 あの月を得た瞬間の様な優しい思い出を彼からたくさん貰いたいと、つくっていきたいと、そう一瞬だけ夢見てしまったのだ。 でも、それは無理だという事も知っている。 いくら望まない様にしようとも、本能が…体内のラプンツェルが、求める。 平穏の終わりを。彼の魂を。 いつまでも、続かないのだと、ラプンツェルは夢から目覚めて泣いたのだ。 『矢張り、お前は呪われた子だ、ラプンツェル!』 嘲笑う声に、でもラプンツェルの子は耳をふさぐ事なく、窓の外を見つめる。男が出ていった窓の外。蒼い蒼い、空が広がる。あの空には果てはないのだと、男は云っていた。どこまでも広がって、世界を包んでいるのだと。 『いくら拒もうとも無駄だ。よく判っただろう、ラプンツェル。お前は、ラプンツェル。ヒトの魂を喰らう者。どうだ、男の魂のカケラは?美味かっただろう?一口だけじゃ、足りぬだろう?今夜は、ちゃんと全部食らえ。』 泣いたラプンツェルの子に、あの緑の瞳の男はためらわずに触れた。 唇に、愛を落とした。 でも、それはラプンツェルにとって愛ではない。 唇が触れ合う事は、禁忌。ラプンツェルは、そこからヒトの魂を奪う。 とっさの事に、ラプンツェルは思わずその魂を頂こうとした。いつもの様に…。 でも、結局、魂のほんのひとかけらだけを、男から奪っただけだ。 それだけだと、自分をおさえこんだ。 全てを、奪えるわけない。 『あの男の魂を喰らい、更に美しく染まれ。お前はラプンツェルなのだから。』 「……もし、今夜、彼の魂を奪ってしまっても。私はもう…他の誰の魂もとらない。」 静かに紡がれた言葉に、闇の中の意識が驚く。ラプンツェルにいつも囁くのは、この凝った紅い闇だった。神父の目を逃れ、この塔の中へと一緒に入り込んだ闇。闇は実体なく、ただ暗い紅として、部屋の隅に時折現れ、ラプンツェルの子に囁く。 『それでは、お前が死んでしまうではないか。』 「そうだな…、きっとソレが良いんだ。」 『ラプンツェルっ!』 いつにない叫びに、ラプンツェルの子であった佳人は微笑む。 優しい瞳で、笑いかける。蒼い蒼い、蒼天の眼差し。 「私の名はもうラプンツェルではない。サガだ。彼がくれた名だけが、私だ。」 そう告げて、サガは自分の耳にふれた。そこには、紅い紅いピアス。 陽射しの下でも、きらりと煌めく。片耳だけの、ソレ。 彼の魂をひとかけらとは云え、口に含んでしまったサガは、思わず身を引いた。 自分のどうしょうもない性に、泣きたくなった。 「────……すまなかった…。」 でも、それを違う意味でとったアイオロスがサガに謝罪の言葉を口にした。 「こんな事、するつもりはなかったんだ。」 「では、何をする為に、毎日此処へ来ていたのだ…?」 ラプンツェルの塔には、『そういう事』をする為だけにヒトが寄ってきたのだ。しかし、この男だけは違った。一度も、そんな素振り一つみせなかった。 「………目的など、本当になにもなかったんだ。ただ、…」 「…ただ?」 「君は知らなかっただろうけど。俺は、此処に来るずっと前から、君を知っていたんだ。毎夜、唄を繰り返し歌い続けていただろう?月を見上げながら。俺は、いつもソレを遠くから見ていたんだ…。見ているだけで良かったはずなのに…。」 でも、次第にもっと近くから見たくなったのだ。 男のこぼした言葉を、サガはただ聞き止める。その一言一言こぼさぬ様に。 「あの日、此処へ来たのは………ただ、もっと近くで…もっと君を見ていたかったんだ。」 そう告げて、アイオロスは立ち上がる。 窓の外の月を一度見てから、サガを見やった。 「今日はもう帰るよ。こんな事は、もうしない。」 帰ろうとする、背。あ、と声をあげようにも、声はでなかった。引き留めなければ、彼は帰ってしまう。此処で帰してしまえば、一生逢えない気がした。 思わず、────彼の服の端を掴む。 「…………サガ、」 「…覚悟が、あるのなら…。」 「え?」 「本当に私に触れる覚悟があるのなら…、」 貴方が、後悔しないのならば。 一度、緑柱石の双眸が瞬いた後、真っ直ぐと蒼い瞳を見返してきた。紅いピアスが、やはり彼にはとてもよく似合うと思った。 「それは、俺がサガに訊く事だ。」 「後悔するのは、きっと、お前だ。」 返答を待たずに、サガの白い手が、アイオロスの陽に焼けた頬にのびた。引きよせて、そして、言葉なく唇が触れ合う。 「私なんかに愛されたお前は、きっと、後悔する。」 「……それは、世界で一番の幸せ者だな。」 「幸せじゃない。私は、ラプンツェルだから…。」 「……俺にとって君は、サガでしかない。」 ぴくりと震えたの睫毛に、優しくキスをして、そして、再び口づけが落ちた。 欠けた月の下、その光に抱かれた夜。 ラプンツェルは、いつもは何も感じない行為の中に、光を見た。 叶うはずのない未来を、夢見た。 next>> |