のラプンツェル5




『お前は、可哀想な子だ。ラプンツェル。』


銀髪、緑の眼の神父は、最後にそう告げた。


『お前は誰からも愛されるだろう。その美しさ故に。でもな、ラプンツェル。』


繰り返し、神父は『ラプンツェル』と呼んだ。
忘れさせない為に、名を。


『その美しさをなくしたら、お前を愛してくれる者は誰もいなくなる。
お前は人間ではないのだから。』


─────お前は、ヒトの魂を喰らう者なのだ。







ヒトの魂を食べなくなってから、一週間経つ。
これ程長く、食事を断った事はなかった。ヒトが日に三度食事をする様に、ラプンツェルの子にも食事は必要だと云うのに。それでも、ラプンツェルの子は、食べようとしなかった。
毎夜訪れる男の、その魂を。
決して、指一本触れ合う事なく。


(人間ではなくとも、やはり食事をしなければ死ぬのだろうか。では、後どれ程こうしていれば死ぬのだろう。)


毎夜毎夜、必ず訪れる男の話をききながら、ラプンツェルの子は最近そう考える様になった。男の話はとても楽しかった。外の世界の話、男の話、…時間はあっという間に過ぎ去る。時には、また唄を歌ったり、男が持ってきたゲームで遊んだりもした。
それだけで、満たされていった。
そんなささいな事全てが初めてで、ラプンツェルの子にとってはとても嬉しい事だったのだ。

不思議と、魂を食べよう等とは思わなかった。このままで良いのだと、そう思っていた。
思っていたはずだった。


“忘れるな、お前はラプンツェルの祝福を受けたのだぞ。”


「──────サガ…?」


アイオロスの戸惑ったかの様な声がすぐ間近から聞こえた。
視界の端には彼の紅いピアスの光。
ようやく、サガはハッと我に返る。気付けば、すぐ目の前にアイオロスの顔が迫ってきていた。 慌てて、体ごと彼から離れる。アイオロスがただ不思議そうな顔をしていた。

────アイオロスがこちらに近付いた?違う。そうじゃない。
────私が自ら、彼へと近寄っていったのだ。
────無意識に、彼を…その魂を食べようと、身を乗り出したのだ。


「俺の顔に、何かついていた?」
「……ごめん…そうじゃ、ない…。」


うつむいたまま、小さい声で告げてくるサガに、アイオロスは苦笑した。


「何故、謝るんだ?」
「…………」
「サガ」


何も云えるわけなかった。
自分が何故此処にいるのか。どうして、外に出られないのか。自分が、何者なのか。
全てをさらしてしまえば、もう二度と彼が此処に来る事はないだろう。

(そうしてくれた方が都合が良いのでは?彼の魂を食べるのに躊躇いがあるのならば、またいつもの様に他の人間を誘い出せば良い。)


なのに───。


「サガはいつも、そんな顔をする。月を見ても、鳥を見ても、星を見ても…。特に、朝陽を見る時が一番悲しそうだ。」


その問いの答えは簡単だ。
そのどれにも良い思い出がないからだ。
月や、星を見る時はいつも誰かの腕の中、意識を何処かへ飛ばしたいが為に見る。
鳥を見れば、いつも此処から出られない自分を悔やむ。
朝陽を見る時は───いつもその腕の中にヒトの死骸を抱いているからだ。その体が砂になっていく感覚を強く覚えているからだ。


「…良い、思い出を、俺が与えられたら良いな…。」
「…………アイオロス…?」
「そんな悲しそうな顔をさせない様な、思い出をつくってやりたい。」


真っ直ぐと、ヒトを見る瞳が、サガの蒼い瞳をみつめてくる。優しい色をたたえたソレが。

思い出したのは、あの夜。月を、手の中に掴んだ日の夜。あの月の光が忘れられない。
あの瞬間、確かに胸を占めた喜びが忘れがたい。

彼が、確かに与えてくれる一つ一つの、光。
彼が、かえていく、全て。


「────サガ…、」


呼ばれて気付く、頬を滑っていく涙に。
一粒流れてしまえば、もうとまらない。涙がぽろぽろぽろぽろこぼれ落ちていく。ラプンツェルの子の涙は、その一滴さえ、宝石かの様に綺麗だった。
別に、綺麗じゃなくとも良かったのに。


「サガ」


触れてきた手は、零れる涙をぬぐっていくが、ぬぐってもぬぐっても涙は止まらなかった。


「サガ」


いつまで経っても泣きやまない、静かに泣き続けるサガを見つめ、アイオロスがふっと微笑んだ。優しく微笑んだ。


「サガ、俺が此処にいるんだから。大丈夫だから。」


慰めの言葉を紡ぎながら、アイオロスのその唇がサガのソレに触れた。
静かに、触れた。

その瞬間、満ちない月の光をサガは見た。
紅い瞳で、その瞬間を見てしまった。







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