のラプンツェル3




眼を奪われたのは、ラプンツェルの子の方だった。
眼を、奪われた。心が、惹かれた。
理由なんて、ない。
理由もなく、ただ、抗いようもなく、恋に落ちた。





「何で、そんな哀しそうな唄を歌うんだ?」


いつもの様に唄に惹かれ、窓からやってきた餌は、でも、佳人が口を開くより先にそう云って、勝手に白い頬に触れてきた。
触れてきた男の耳には、紅い石のピアス。月明かりに、きらりと煌めく。


「哀しい…?」
「嬉しそうな声音じゃなかった。唄は、もっと、楽しく歌うもんだ。」
「楽しいとは、何だ。私は、そんなもの知らない。」


男は一瞬きょとんとしてから、でもすぐに笑顔を形作った。


「俺も、言葉で何がどうだとは云えないけど…、楽しいというのは、楽しい事嬉しい事があれば、きっとその瞬間に判るよ。」


折角の綺麗な歌声なんだから、もっと嬉しそうに歌えば良い。

いつもの餌とは調子が違うので、ラプンツェルの子は首を傾げた。
いつもなら、ラプンツェルの祝福を受けた美によって、訪れたヒトの言葉をも奪ってしまう。誘えば、自然に応え、一夜を共にしょうとする。
その美に、もっと、もっと、触れてこようとする。
なのに。
男は、頬に手をそえて笑うだけだった。


「………これは、君の髪だったのだな。悪い事をした。痛めてしまった事だろう。」


白い塔には神父の魔法がかかっている。
入り口も出口もない。空を見る窓しかない。
だから、ラプンツェルの子はその窓から自分の長い長い髪の一房をたらした。
髪を太く結い、縄の様にして、ロープ代わりとして。
それ程、長い髪だった。

でも、今まで、誰にもそんな事を云われた事はなかった。誰も、気付かなかった。ただ、目の前の美に溺れていった。皆。


「─────お前は、誰だ…。」


いつもと勝手の違う人間に、ラプンツェルの子は戸惑った。答えは一つだというのに、どうすれば良いのか判らなくなった。
コイツは、本当に人間なのか。ラプンツェルは混乱した頭で思った。


「俺?俺は、ロス。アイオロスだ。君は?」
「………私は…、」


一瞬、脳裏に思い浮かんだのは「ラプンツェル」という悪魔の実の名だった。両親はすぐ死んだ。預かってくれた者達も、名前をつけるよりも前に皆、死んだ。最後に会った神父は、ただ「ラプンツェルの祝福を受けた子」と呼んでいた。そう、名前が自分にはなかった。なかったのだ。それが、何故だか今になってとても、哀しくなった。
ラプンツェルは自分の名ではない。ラプンツェルは、ただの実。

覚えてもらいたい名は、呪われた名じゃない。


「…私には、名はない…。」
「……そう……。」


沈黙が、降りた。
この森は聖なる森。虫一匹たりもいないあやかしの森。だから、本当に静か。
いつもはそんなに気にならなかったが、今はどうしても気になった。
いつもと、違うから気になった。


「唄を、───…」
「唄?」
「美しい歌声に惹かれて此処に来た。君が歌っていたんだろう?」
「─────」
「もう一度、歌ってくれないか?」


初めて、そう、云われた。


「もう一度、聞きたいんだ。」


戸惑いながらも────佳人は、男の前で、歌声を風にのせた。


歌い続けるうちにいつのまにか、男も懐から横笛をとりだして吹き始める。調べと調べが織りあげ合う。二つが一つになっていく。冴え渡る夜の闇に、透明な音楽が響いていった。
それは、一人で歌っていては一生知らない事だった。
歌う事が、楽しく思えた。
こんなに唄は美しいものなのかと知った。

唄が、優しく温かいモノに感じた。






「夜明けだな。」


笛を奏でる手を休め、男がそう呟く。窓の外にみえる景色は、至上の紫を空にしいていた。
一晩中、とりとめもなく歌っていた。歌っているだけで満たされて、そして気付かぬ間にこんな時刻になってしまったのだ。
────こんな事、本当に初めてだった。

死体を抱かない朝は、なかった。


「なぁ、君には名がないのだろう?」
「────ああ…。」
「なら、俺が、君に名をあげよう。ないと不便だろ。」


云われると思ってもみない言葉に、声をなくす。
蒼い眼が、真っ直ぐと男の緑柱石の様な色合いの瞳を見つめた。
これ以上、この瞳を見てはいけないと判っているのに、でも眼を離す事が出来ない。
男の瞳は、あまりにも真っ直ぐと見つめすぎていた。吸い込まれる気がした、その色に。


「────サガ。ああ、そう、サガにしよう。俺の国に伝わる女神の名だ。」


丁度、昇ってきた陽が、彼の顔を照らした。陽を、彼は受けて、そして、ラプンツェルの子を見つめている。真っ直ぐと。見つめている。
そらせない。

朝陽が世界を美しくみせてしまう。


「……お前、…私は女神では…、」


どうにか紡いだ声は、声にならず、男は苦笑した。


「お前じゃない。俺の名はアイオロスだ。だから、俺も君をサガとこれからは呼ぶから。」


──────これから?
何かがいつもと違うと思った。何かが、おかしい。何かが、狂った。…何から、間違った?


「今日はもう帰らねばいけないけれど…、今夜もまた来て良いか?」


うなずく事しか、できなかった。






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