のラプンツェル




ラプンツェルは、女神の涙。
ラプンツェルは、極上の宝石。

見つけてしまえば判る、眼を奪う美しさ。
触れれば香る、甘い蜜の匂い。
食せば気付く、────麗しくも甘美な毒。

触れてはいけないと判っているのに、触れられずにはいられない。
触れてはならないと判っているのに、触れてしまう。
だから、見つけてはいけない。


────ラプンツェルは美しい毒。






月明かりだけが頼りの森の中、先を急いでいた旅人はでも不意に足を止める。
歌声を、聞いたきがした。
暗い暗い森の中、人里からも離れてしまったこの場所で、歌声なんか聞こえるわけない。第一、夜だ。だが、獣が歌っている様にも思えなかった。
とても美しい歌声だった。
音楽などには興味のない彼でさえ、思わず足を止めてしまう程の美しい歌声だった。
そっと、耳をすます。でも、何も聞こえない。
そこでようやくおかしいのだと、旅人である青年は気付く。
虫の鳴き声一つとしてしない森だった。


「…そういえば、村人がこの森は、あやかしの住む森だと…、」


思考は、そこで途切れた────。
美しい歌声が、再び男の耳を奪ったからだ。


歌声を頼りに、旅人は森の奥へ奥へと進む。
進んで、進んで、やがて…一つの白い塔の前に辿り着いた。
森の中に不自然にも建てられた塔のその周りには花のない茨で覆われていた。
まるで、来るものを拒むかの様に。
でも、歌声は、この塔の上から聞こえてくる。


「誰か、其処にいるのか?」


返答はなく。かわりに、塔の上の窓から、金色のロープの端がおろされてきた。


金のロープは、月明かりによってキラキラと美しく煌めいている。
それをぎゅっと掴みながら、高い高い塔の上へと登っていく。
旅人は、何も考えてはいなかった。
ただ、あの美しい歌声の主を見てみたかったのだ。
ただ、ただ、────歌声に囚われてしまったかの様に。


頭上の丸い月が、その白い肌を照らした。白い、白い、透けるかの様な白雪の肌の色だった。伏せ気味の憂いがちな双眸の色は、天空の蒼。吸い込まれてしまうかと思う程の深い色合い、澄んだ光。整った面立ちを包むのは、これまた美しい金の髪。太陽の様な明るい金ではなく、月光の澄んだ色だった。そして、どこかヒトの眼を惹く美があった。
美しかった。それは、本当に美しかった。一瞬、月がみせたまやかしとでも思うほどに。
ロープを登りきり、塔に唯一ある窓の中へ入ろうとした旅人は、歌声の主を、見た。


「────ようこそ、ラプンツェルの塔へ。」


決して、微々たりとも笑む事はなく、月の佳人はそう告げて、旅人を招く。
招いた白い手に、抗い様もなかった。
それが、女ではないのだと気付いても、もう遅かった。
すいよせられるかの様に、手を重ねる。驚く程に冷たい手。


「名、を…」
「…名?」
「俺はシュラという。お前の、名は?」
「────なら…、ラプンツェルとでも…。」


悪魔の名を呟いた佳人はそのまま、何かを問おうとする男の唇を塞いだ。


だから、旅人は気付かなかった。
「ラプンツェル」の瞳の色が、一瞬だけ紅く美しく染まった事を。






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