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所詮、ヒトは神々の傀儡でしかないのだ。 血を吐くような叫びで、そう神々を罵ったのは誰だっただろう。 *** 今日も、その世界に血の色のような花弁が舞った。 それが真に花弁だったのか、それとも血だったのかは判らない。花々は年中咲き乱れ、血は留まる事なく流れ続けるから誰にも判らなかった。 美しい空と花に包まれ愛されたその世界で、今日もまた侍女の悲鳴があがる。以前にはなかった。最近、頻繁に起こるようになった。でも、ただそれだけ。花は枯れる事なく咲くし、空は暮れる事なく蒼いまま、ただ少し赤い花弁が増えただけ。 …ただそれだけ。 何も変わらず美しい世界で、青年は一人たたずんでいた。 否、一人ではない。その足下に…赤い花々に囲まれて倒れている人がいた。この世界のようにただ美しいヒトだった。美しい金と蒼に包まれ愛されたヒトだった。 今はただ眠っている。いくら花が赤く染まろうとも、いくらそのヒトから紅が奪われようとも…。これは、ただ眠っているだけに過ぎない。 青年は汚れる事も構わず跪き、その金の髪に触れる。 「……君は、本当に莫迦だな」 小さく微笑んで、すくいとった金の髪に口づけを落とした。 すると、伏せられた長い睫毛が震え、その下からゆるゆると蒼い瞳が現れる。 「………あ、…サ ジタリアス…?」 「…さぁ、サガ。塔に戻ろう」 躊躇いながらも呼ばれた名に、青年は矢張り微笑むだけだった。 *** 青空と花にだけ愛された世界で、最近それとは違うものが存在するようになった。 高い塔だ。空にまで届きそうな、塔。 窓は一つ。最上階にだけ窓が存在する…あとは何もない、ただ高いだけの塔。美しい世界には不釣り合いであるそれはいっそ不気味なまでに、でも当然のもののように存在し続けていた。 翡翠の瞳をもつ青年と、蒼い瞳の青年はそこで暮らしている。暮らしている、というのは少し違うのかもしれない。翡翠の青年によって、住まわせて貰っている。 だって他に行く場所がなかったし、帰る場所も知らなければ何処から来たのかも知らなかった。何も、覚えてはいなかった。 それを知った時、翡翠の青年は悲しそうな顔をした。本当に何も?と問う声があまりに寂しそうだったから、蒼い瞳も悲しくなった。 「…でも、俺は君の事を知っている。君の名前は、サガだ」 「……………サガ」 「俺の名前は…サジタリアス」 星の名前だと、青年は云った。 そこでの生活は、幸せだった。幸せとしか言い様がなかった。 だって、何も悪い事が起こらない。 花はいつだって咲き誇り、空はいつだって蒼いまま。世界は美しく在るべきままで、時は死んだかのように沈黙している。食事も風呂もその塔に全てあり、その支度も世話も全て美しい侍女達がやってくれた。サガはただ息をして、食べて、寝るだけ。何もない。退屈なわけでもない。いつも傍に翡翠の瞳の青年がいてくれた。 チェスもやったし、話も尽きる事なくある。彼は優しいし賢いから面白い話をたくさんしてくれた。星にやどされた神代の話も教えてもらった。 「…嘆いた双子の弟は自分の不死の命を半分返す事で、兄と再び一緒になれた。双子座は…絆の深さを称える星なんだ」 「……………」 「……サガ、泣いているの?」 サガは言葉なくこくりと頷いた。悲しかった。他の話も悲しいのばかりだったのに、これだけが一番心に響いた。何故だか判らなかったけれど。悲しい、と思った。可哀想でもなく。涙がこぼれていった。 サガの横にいた青年は、じっと見つめ、そしてゆるく首をふった。「かなわないよ」小さく呟いた言葉の意味が判らず、サガが顔をあげた時そのまま抱きしめられた。強い腕の力に、驚く。二人が座っていたサガのベッドにそのまま押し倒されるのを、でもサガは抗う事はなかった。ただ、耳元でささやかれた言葉を聞いた。 「君はそうやって知らない顔をして傷つける」 男の肩越しから見える窓の外の景色は変わらず晴天。美しい青空は好きだった。でも、この青空は好きではないと思う。だって、記憶の中にある空の色とは違うから。 あの空は今何処にあるのだろうと、たゆたう意識の中思った。 金の髪をすかれ、意識が微睡んでいた最中、侍女がサジタリアスを呼んだ。ドアの外から聞こえた声に、青年は息を吐いて起き上がる。ぬくもりが去るのに思わず手で追えば、逆に掴まれた。 「すぐ戻るから」 布団を被され、その背がドアの外に消えるのを眼で追う。降りてゆく足音。やがて、また静寂が満たす。あまりに静かだと花の音まで届きそうだ。大輪の花が咲く時は、ぼんという音がするのだと彼に教えて貰った。 (まるで、花火のような…) そこで、はっとして急に眼が覚めた。今、自分は何と思ったのだろう。 「…………花火…?」 知らないものだった、それは。なのに。 ────脳裏に鮮明に思い描かれるのは、夜空に散る光の花。 付随して、何かが「近寄ってくる」。 何が。声。笑い。歓び。憂い。これは。小さな、手。嘲り。叱咤の。同じ声。顔…。 ああ、そう…「生誕」されて…それで。でも。踊りと料理と…祭りで。花火。 誰かが、叫んでる─────、 「お前は、莫迦だ!」嘆いて。「そうさせたのは私のせいか」違う。「サガ」呼ぶ声が、ただ嬉しかった。「手を離さないから」……嘘吐き。 だって、今離れてしまってるじゃないか。 「………あ、」 気付くと、いつのまにか窓辺に立っていた。縁に手を置いて、空を見上げている自分がいる。いつも優しく吹く風が今日も矢張り優しく金の髪をなでていく。美しいだけの、空。風が吹く最中、聞いた。聞こえるはずのない歌声を、でも確かに聴いた。 それは、少女の祈りの歌声。 …後ろから侍女の悲鳴が聞こえたような気がした。 *** これでもう何度目だろう。 それを見て、青年は眉一つ動かさずそう思った。何度繰り返したって変わらない。何も変わらない。変わらないまま、そして繰り返す。…当たり前なのかもしれない。だって、この世界の時は死んだように沈黙している。沈黙した世界だから、変化は訪れない。そして、「死」もない。 「……サガ、起きなよ。また、俺を置いていく気か」 答えず眠るヒトを憎く思いながら、それでも愛おしい気持ちも捨てられないまま、彼は静かにその唇に口づけを落とした。冷たい唇は、残酷なまま沈黙を保っていた。 高い塔から落ちた青年が染める花もやがてはもとの色を取り戻すように、朱に染まった青年もまた本来のあるべき姿を取り戻していくのをただ静かに見守った。そうやって、待ち続ける事しか出来なかった。いつも。 041. 「お人形」 → 059. 報い |