case01:月下美人


結局は枯れてしまうのに、それでも少年は毎日毎日かの人に薔薇の花を届けていた。友人たちは莫迦らしいとよく云う。どうせ、花なんか見ている余裕が「彼」にはないのに。それでも、花を「彼」の部屋になんども何度も飾った。
薔薇の花はしかし、「彼」の放つ小宇宙によってすぐに枯れる。赤い瞳の「彼」が、きっとそれはこの小宇宙が毒を含んだからだろうと笑って云った。世界を、女神を、自分自身を呪い続ける気持ちが毒となり近寄った花を殺したのだろうと。
昔は違った。
いつが昔になるのか判らないが、それでも以前は違ったのだ。むしろ逆に「彼」の小宇宙によって花々は更に美しく咲き誇り永久の命をもったかのように長持ちした。

今日もまた明日には枯れてしまうだろう薔薇の花を花瓶にいける。少し離れた処では、裾の長い法衣を引きずりながら金髪の男が柱によりかかり月見をしていた。
月の光がこぼれたかのように、「彼」の白い頬にはその光が煌めいているのが判る。きらきら、きらきら。声なく、静かにこぼれてゆく光。

「…まるで、月来香のようですね……」
「……げつらいこう?」
「一年に一度だけ、枯れるが為に咲く花ですよ。月の光を浴びて、静かに咲くのだそうです」

未だ頬に月の光の名残をのこしながら「彼」が少し興味をしめしたようにこちらを向く。だから、静かに微笑んで返した。

「崩れるように花弁が開くんです…、月下美人とも呼ばれていますか」

貴方に似ている。
夜になるごとに涙を流す「彼」にアフロディーテはそう告げた。




case02:エターナル・ムーン


「月が恋しいのですか?」

一度だけそう問われた事がある。それがいつだったのかは覚えていない。
遠い昔の事のようにも思えたし、昨日のようにも思えた。ただそこにはいつもと変わらずの月があって…。

「いつも月を寂しそうに見上げている」
「月なんか…、嫌いだ」

告げて、男の肩に頭を落とす。そのまま抱きしめれば、最初は躊躇っていた男もゆるゆると手をあげ抱きしめ返してきた。千筋に散った自分の長い髪が顔を覆い隠していればいいと願う。

「いつも無表情で私を冷たく見下ろしている。お前のように…」
「俺のように?」
「何を考えているかわからない顔をして…。いいんだぞ?そのまま私を抱くその手で、無防備にさらした私の背を突けばいい。今だけ許してやる」
「……馬鹿馬鹿しい」
「あいつの仇をとってもいいと云っている」

あいつを殺した時のように、私を殺すのならばそれもまた面白い。
その時ばかりは本当にそうなっても良かった。そう思えた。その瞬間だけはそれが何よりも代え難いもののように思えたのだ。思いついた素晴らしい考えに笑えば、男は眉をひそめこちらを見てきた。

「ほら…!その眼だ!私はお前のその目が嫌だ。お前達のその目が!」

告げて、男を突き飛ばす。小宇宙を瞬間使ったので男は壁の方にまで叩き付けられる。無様な姿に笑ってやる。笑いながら、窓の外にみえる月をみた。
いつも、いつも変わらぬ姿であるソレを。何年経っても変わらぬ姿。

「…月も嫌いだ。あの日と変わらないから嫌いだ。あの日もあの姿であの光で、彼が好きだといった星のままで…、私をずっと見てきた。ずっとずっと何も云わず冷ややかな光でずっと…嘲笑うかのように、上天から、私を!」

ずっと、───彼とともに何度も見上げた月のままで。ずっと。

「……サガ、」
「何だ?とうとう、私の気が狂ったのだと想ったか?残念ながら、今の私はお前達が昔から知っている方の、」
「サガ、もういい!」

告げて、サガが月から眼を離し男を眼に捉えた瞬間、抱きしめられた。男の腕の中にいつのまにか押し込められて。視界がふさがって、月が見えない。

「………シュラ…」
「月を見て、そんな想いをするのならもう見なければいいだろ。俺が隠すから。月を…サガの世界から……ずっと…、だから────」

もう、泣かないでくれ。

泣く?私が?泣くわけない。あいつにだって泣けなかった。彼が強く抱きしめてくるから涙の跡なんて見えるわけないのに。何を云うのか。




case03:月に嘆く


此処が、深い深い闇の底だったのならば。
何が痛いのか悲しいのか、憎いのか恋しいのかも判らないまま、ただ生きていられただろうに。


「もし、夜の世界に月なんかがなきゃ、俺はもっと楽に生きられたきがするな」

友の一人が「月下美人」と称した男がこちらを不思議そうに見やった。眉間に皺が寄ってるな、昔からその癖だけは変わらない。

「夜の世界が夜らしく真っ暗だったら、楽そうだってこった」
「月がない暗闇では、何も見えなくて逆に困るだろう」
「見えない方が俺は良いね」

月がなければ「あの日」、あの逆賊は何も見えないまま死ねただろう。
もしくは生きて、英雄になれたのかもしれない。
月がなければ「あの日」、月下美人は逆賊の死に際を見なかったかもしれない。
誰が死んだか判らなかったかもしれない。
月が未だ此処に在るから、───この罪人は過去を思い出して泣くのだ。毎夜。

「本当に月下美人だったのなら…良かったのにな」
「……月を見て咲く花だったら?」
「別に月に影響されて咲いているわけじゃねぇけどな。偶然、あの時間帯に咲く花らしい。咲いて、すぐに散るんだ。二時間しか開花できずに死ぬんだ。哀しみも何もない」

だから、目の前で咲く月下美人もそうであったら良いのにと思った。
彼は、永遠に枯れる事のなく咲き続ける「枯れる為に咲く花」。

「……私は、……月の為に咲く花なんかで在りたくないし……月がないのも嫌だし、月自体が嫌いだ。それよりもっと暗闇が嫌いだ」
「あぁ?」

突然奇妙な事を云った彼に対して、デスマスクが怪訝そうに顔をあげた。
でも、あげた先にいた彼は静かに微笑んだだけだった。
神聖なる月の光に照らされた美しい微笑で。以前と変わらない慈愛の笑み。

あの頃と変わらないものなんて結構いっぱいあるもんだと思う。
ただ、傍にあの「男」がいないだけで。

「世界が暗闇だったら、自分がちゃんと此処にいて、生きているのかどうか判らなくなるから……だから、私は嫌いだ」



case −13:月と太陽


満月の夜。二人でこっそりと宿舎を抜け出した事がある。 夜はしっかり寝て明日にそなえるという事が当たり前の感覚であったサガにはだから最初、彼…アイオロスが誘ってきた時には素直に同意できなかった。

「莫迦だなぁ、サガ。昼寝っていう奥の手があるじゃないか」
「お前なぁ…」

でも最終的には、夜の聖域という今まで知らない部分を見られるという興味心が勝ち、結局二人で抜け出す事となった。
望月が、聖域を蒼く照らして幻想的にみせていたのを今でも覚えている。

「月が、綺麗だな。吸い込まれてしまいそうな程、美しい」
「月夜のサガも綺麗だけどね」
「…なっ……!アイオロス、ふざけるのも…」
「大声だしちゃ気付かれるよ、サガさん」

悪戯気に笑う少年に、サガはぶすっとした表情をみせる。判っていて云ったのだ、こいつはきっと。アイオロスはすぐにごめんと謝ってきた。

「俺、月が好きだなぁ。太陽みたいにギラギラしてるのも良いけど…ちょっと毒が強すぎるから。月みたいにしっとりと、夜道を照らす光のが好きだ」
「……太陽と比べるなら、私は太陽の方が好きだな。月は所詮、太陽なしでは輝けない。………それに、どこか冷たい感じもするし…」

思わずそう返せば、彼は苦笑した。サガらしいと告げて、そのまま月夜を見上げる。つられてサガも月を見上げた。二人して月を見る。

「…………なぁ、サガ」
「…ん?」
「今も冷たい感じする?」

云って、笑う。少年は笑ったが、逆にサガはむっとした。だって……。

「……おい、アイオロス…手を、…」

判っているのに…。全部彼の計算付くされた悪戯だと判っているのに、それでも耳から温度があがっていくのが判る。

「今も月を、冷たいって感じる?」

知らぬ素振りで再度問われた言葉にサガは何とも答えられず(というか、答えたくなく)月を黙って見上げる事にした。アイオロスが小さく笑い、彼もまた黙って月を見続けた。彼が無理矢理繋いできた手は温かくて、温かすぎて、どうしても真っ赤になってしまう自分を呪いたくなりながらサガは月を見ていた。



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