case04:死にゆく月香花


つまらないと、赤い瞳の男はそう云ってソレを放った。

「折角もらったのに台無しだ。魚座にでも頼めばドライフラワーでも出来ただろうに」

つまらないと投げ捨てた花を蒼い瞳のサガは拾った。
よれて茶色に変色した花弁に以前の美しさはない。この花は白いからこそ美しかったのだ。この花をドライフラワーにしてもきっとこの赤い彼は花を投げ捨てただろう。

「大体、お前のせいだぞ。お前が鬱々としているから小宇宙にまで影響がでた」

いい加減、正常に戻れ。
赤い瞳の男は今度はこちらに怒鳴る。正常とはどんな状態なのだろうか。自分は今まで正常であった時などあったのだろうか。

「この花も可哀想に…。やっとの事で咲いても二時間程しか保たないだとか……、永遠に咲けるようにしてやりたかったなあ」
「ドライフラワーなんて…。散るべき時があるからこそ美しいと感じるのだろう…」
「はん。あの莫迦の云いそうな事だが…。だがな、サガ」

赤い瞳が、蒼い瞳を見た。嘲笑うそれが、容赦なく告げる。

「『永遠』に誰よりも囚われているお前が云うべき言葉じゃないだろ」

なぁ、そうだろ?枯れる事のない枯れかけた『月下美人』。
乾いて散る事のなくなった花よりもおぞましい。生きているのに死んだ花よ。

蒼い眼を瞑り、サガは瞼裏に残るいつかの月に思いを馳せた。月の下で、彼が変わらずの月のように微笑んでいた。




case05:孔雀サボテン


月を見る度に、彼を思い出す。
彼と月をみたのはそう何度とないが、何故か自然と思い出すのだ。赤い瞳が遊び飽きて体を明け渡すのが、月が昇りきる頃だからだろう。蒼い眼で一番最初に見るのが、それだから。だから、ただ、自然と思い出すのだ。月の冷たい光を浴びながら、彼の笑顔を思い出して泣くのだ。毎夜。
涙なんて、かれてしまえばいいのに。


今日もまた、神殿から出て月を見上げながら歩く。あてなどなく、ただ月を浴びていたかっただけだ。歩く間も涙は止まらない。
涙でゆがむ視界で、でも一輪の花を見つけた。美しい純白の花。…月下美人だった。

「…そうか、月が恋しくなってお前も眼が醒めたのか…」

思って、変わらずの月を見上げた。月の為に咲く花がいるというのに、月は矢張り変わらない。昨日も今日も、明日も…変わらず星々に囲まれ…。ふと、眼を丸くする。

「……星々が月の涙の雫のようだ…」

では、月も泣いていたのか。
永遠に。ずっと。ずっと。
月下美人も何故、こんな寂しい世界で花開くのだろう。
太陽を見たいとは想わないのか。
月だって…太陽を見てみたいとは想わないのか。
地球に降りそそぐ全ての光の源に。

だから、月は泣くのか。
(太陽に、逢えないから)

「そんなに泣いてどうしたんだい?」

聞こえた声はどこか優しくて懐かしいはずなのに、誰の声なのか思い出せなかった。大切な声だったきがするが虚ろんだ意識でははっきりとしない。また、月が見せる過去だろうと思う。

「………太陽が、見えないから」
「日の出なんて、もうすぐだよ」

違う、とサガは力なく首をふった。

「見える前に、花は枯れるし月は霞む、私も…消えてしまうから…」

だから、永遠に逢えないままなのだ。
ああ、そう、今になって判る。月は別に嫌いではない。暗き深淵の地から、月も自分も同じものに焦がれていただけなのだと。───ただ一つの太陽に…。
月は自分に重なってしまうから、嫌だったのだ。

「太陽に、逢いたい…」

暗く苦しい深淵からすくい上げてくれる「太陽」に。
太陽の温もりだって未だちゃんと覚えているのに、それなのに逢えない。遠い。永遠に太陽は届かない。
生きているのか死んでいるのか。散る為に咲くのか。咲いたから、散るのか。
判らないから、照らして欲しい。確かな光で導いて欲しい。
時には眩すぎて眼を細めたくなってしまうけれど。
一緒に生きられないと判っていても。……それでも。

「…………っ…ロ、ス……」

こぼした涙が、花弁に降った。一つ。二つ。未だ足りない。この花一輪生かす事さえ出来ない。視界の端で、何かが白くなった。
判らない。
何が。どこが。此処は。暗く。遠い。苦しくて…悲しい。逢えなくて────。

「此処に…」

──────声、が。

「此処に、いるじゃないか」

視界の端で、何かが眩げになる。何が。顔をあげる。霞んだ視界で、それでも眼をこらして見つめた。明けゆく世界の中で佇むヒトを。光を背にしているから顔がよく見えない。

「…………だれ、…」
「未だ判らない?」
「………だって、でも…」
「太陽だよ」

俺は、きっと、君の為の太陽。
告げて、太陽は笑った。あの頃のような笑顔で。でもあの頃より成長した男の体で。

「…………………どうして、」
「朝だからだよ、低血圧なサガさん。夢の世界から早く目覚めて、此処においで。待ってたよ、ずっと」

ずっと、ずっと、此処で。

「……待ってたって……」
「待ってたんだ」

ああ、君は相変わらず疑り深いね。
笑顔の男はそう云ってこちらに近寄ってきた。反射的にサガはさがろうとするが、相手がそれを良しとはしない。のびてきた腕がサガを掴み、その腕の中に押し込めてしまう。心音が、届いた。

「これでもう、夢から抜け出せるかな?」

暗い暗い深淵からも。

「…………嘘だ、」
「…これ以上何をしてあげたら君は信じてくれるんだろうね」
「だって………月下美人が枯れないわけない…」

流石に溜め息をついた男の腕の中から、サガは先程の花を指さして問う。月下美人は咲いて二時間ほどで枯れてしまうのだ。朝陽を見る前に。なのに。変わらず美しいまま咲く花は夢の証だとサガは云った。

「あれは月下美人じゃないよ」
「え、」
「月下美人の兄弟、かな。孔雀サボテン。昼に咲く花だ、って、え、サガ?」

先程よりもひどくぽろぽろと泣きだしたサガを男はおろおろとして見つめた。男の前では今まで、サガは一度も泣いた事がなかったからだ。今回以外。だから、流石の男も対処の仕方が判らない。

「…………月が、」
「…え?何、サガ」
「月は一生変わらなく見つめてくるから…私も一生そうだと思っていたんだ……一生……お前に逢えないまま、お前を想い続けるのかと…」

判らなくて、その頬に触れた。震えて上手く触れなかったら、男が手をそえて温もりを感じさせてくれた。大丈夫だよと男は云った。

「月は永遠に同じわけじゃない。見える光は同じでも、見る夜は同じじゃない。今日も昨日も、明日も違う日なんだ。永遠なんてないんだ。永遠なんて…、ヒトの一生分だけだよ。それだけなんだ」

それに、君はもう、太陽に出逢えたんだろう?
永遠に明けない深淵から抜け出して。死んでいるのに生きている花でもなくなって。

「……………アイオロス、なんだな?」
「いやいや、君が好きだといった太陽ですよ」
「…じゃあ、私は、お前が好きだといってくれた月だな」
「月と太陽の運命の再会だ」

さしこむ陽射しが眩しすぎて、涙がまたこぼれていった。




031. 深淵 + 087. ドライフラワー (050206)
満ち欠けの事をすっかり忘れておりました。