| ゴゴゴゴゴゴ…──── 地鳴りの様な轟音とともに、塔全体が大きく揺れた。突然のそれに、ふらついたサガをアイオロスが支えた。二人して、天井を見上げる。ミシミシという音とともにヒビが入っていった。大きいのができて、そこから更に枝分かれして…。 「…一体、何が」 「魔法が、解けたんだよ」 「え」 「サガに名前を呼ばれて、気が抜けた。もう俺の小宇宙がこの塔を保てない」 この楽園が、終わる。 その言葉とともに、今度は下から大きくドン!という音がした。そして、どんどん下へ下へと落ちているようなきがする。アイオロスの腕を掴みながら、訊いた。 「……沈んでいるのか?」 「そうだね」 焦ったふうもなくアイオロスは静かに窓の外の景色をみていた。沈んでいるというのに、外はただ蒼い空ばかりなので沈んでいるきがしない。花が窓に見えたら、終わりだろうとサガが思っていた時、────抱きしめられた。 「………無責任だと判っているけど、それでも君に託すよ」 「………………アイオロス?」 「あの地は…俺達が出逢い、苦しんでもがきながらそれでも生き抜き、死んだ場所だ。大切なヒト達もいる。だから…あの地を守る為にも女神を頼む…。きっと…サガには辛いものとなるだろうけど……それでも、もう」 耳元で囁かれた声。彼の肩越しから白い翼が見える。沈む、塔。終わる、楽園。 「アイオロス?……お前、」 「俺は行けない。だって、もうヒトじゃない。星だ。それに、小宇宙を回復させる為にこのまま一度下に落ちなきゃ…。楽園は、終わりだ」 「…アイオロス」 「……サガに名前を呼ばれるのが好きだな。今更、気付いた。好きだ」 「何度だって呼ぶ。私の目の前にいるのはお前だ、だから…」 その瞬間、二人の間に大きな亀裂が走った。アイオロスの腕が離れる。掴もうと伸ばしたサガの手は、でもどんどんと遠ざかっていく姿に絶望した。 亀裂はそのまま大きな切れ目となり、二人を引き裂いてしまった。そして、アイオロスの方だけが下へと沈んでいく。沈んでいく先には何もない。果てない虚空。壁が崩れ、落ちた瓦礫が吸い込まれていった。 「アイオロス!!」 手をのばしアイオロスの方へ一緒に落ちようとしたら、片方の手を誰かに掴まれ引き寄せられる。力強いそれに驚いて振り返れば、それはシオンだった。 「莫迦者!あの穴は、神と同位のアイオロスしか行けぬ!お前なんかが行けば、魂自体が消滅するのだぞ!」 「でも…まだ、私はっ……!」 「─────サガ」 その時、サガを見つめていたアイオロスがふっと微笑んだ。呼ばれたサガが振り返って、その翡翠を見る。のばされ続けていたサガの手を、アイオロスがどうにか掴み、左手の薬指であるその爪先に口付けた。 「どうか、君の魂が永遠に輝きを失わぬように」 最後の誓いを。 上から天井であったものが落ちてくるのと、シオンがサガの手を引いたのは同時だった。アイオロスの姿が瓦礫の奥へと消えていくのをサガは見る。 その瞬間、サガの顔に風がふきつけた。 金の髪があの頃の様に煌めきながらなびいていく。懐かしい匂いがした。 …アイオロスの風だと思った。 *** それでも、その世界は美しかった。 花と空に愛され、ただ美しいだけのつまらない不変の世界。 相変わらず美しい花畑の中、塔の残骸をサガは見た。 かつての塔の名残などどこにもない、ただの瓦礫の山。しばらくして花弁を舞わせる為にふく風が、その瓦礫にも吹いた途端、それは砂と化し、さらさらと風に混じって何処かに飛んでいった。さらさら、さらさら。塔は砂となり、風となる。瓦礫の山は数秒にして、風になって消えたのだ。最初から何もなかったかのように。風となって…。 ふと、サガは顔をあげた。歌声が、聞こえたから。 シオンも気付いて、口を開く。 「…無事、女神が海王を制したようだな」 「では、これは鎮魂歌ですか。女神の…」 サガは空の彼方を見つめながら、その先に女神を想いながら、微笑む。思い出せば痛みしか以前は伴わなかった。 「……私も、地上へ行きます」 「裏切り者と罵られてもか」 「でも、あの地は……私が憎みながらも愛した地ですから」 戻ろうと思った。 帰るべき、眠るべき場所は、あの地だと知っていたから。 029. 風のように → 036. まなざし |