差しのばされた腕は、やけに細かった。


「親は?帰る家は、あるか?」

問われたから、首を横に振る。あたりの状況を見れば、判った。

「────ない、…もう、多分、ない」
「…そうか、」

手をのばしてきた少年は、そう呟き…そして、あたりを見回した後、
再びこちらに向き直る。
柔らかく優しく微笑んで、告げる。

「………じゃあ、一緒に来るか?」

その手をとるしか、なかった。

のばした細い手を、同じく細い手が優しく包み込む。
二人で、その荒れ果てた地を後にした。

もう、そこには何もなかった。
むれる黒い鳥が、生きていたモノをつつき食すだけだ。
何も残らなかった。
そこは、自分が生き、育った地であり、戦場となった地だった。
最先端の兵器一つで、自分の育った故郷は、一瞬にして何もなくなった。
…ほんの少し遠くの街へ出稼ぎに行っていた間に…。
何も、なかった、もう何も。


この少年が何処に行くのかは訊かなかった。
別に、何処でも良かった。
あれ以上、あそこにいるのが嫌だっただけだ。

つないだ少年の手は、やけにあたたかい。

「………ああ、綺麗だな…」

ふと、少年がそう呟いた。
何かと思って、自分も顔をあげる。

見えたのは、水平線の彼方に沈んでいく太陽。
赤灼けた空につつまれながら、
今日最後の光を海に投げかけているその姿。
────夕陽、だ。
圧倒的な光が自分達を照る。

ソレは、どんな言葉をも想いをも越え、
ただ美しいとしか云い様のない程の荘厳な輝き。

思わず…自分でさえも、見惚れた。

「でも、あまり夕陽を見ない方がいい」
「……え?」
「夕陽を見ると…、何処かに帰りたくなるからな…」

そう告げる少年の顔を、今日初めて、ちゃんと、見た。
金の長い髪を海風になびかせる少年の顔は…哀しげな笑みを刻んでいる。
哀しげな…今にも崩れそうな笑みだった。

「どうしょうもなく帰りたくなるんだ…。もう、帰る場所なんかないのにな、」

なのに、なんで、そんなふうに笑おうとするのか。

「………………」
「さ、陽が沈む前に行こう」

あのあたたかな手が、自分の手をひいた。
再び、二人で歩いていく。夕陽が沈んでいく中。

その間中、自分はずっと、その夕陽を見ていた。
囚われた様に見ていた。
あの赤すぎる程の赤が、鮮烈な色を瞼裏にきざませながら、海にへと落ちていく。
どこか、淋しさを…虚しさ、
どうしょうもない懐かしさを、みせる。
本当に、何処かに帰りたくなった。
何処かに帰らねばならないと、焦るのだ。

(帰る場所なんか、何処にも、もうないのに)


夕陽が落ちきる手前で、少年は立ち止まった。
二人の前にそびえたつのは古めかしい神殿だ。

「……此処は…?」
「女神が住まう聖域だ」
「…サンクチュアリ?」
「行けば判るよ。今日から、此処に一緒に暮らそう」
「ここが、あんたの帰る場所じゃないのか?」

少年が眼を瞠ってこちらを見た。
少年の瞳の色は、今はもう見えない青空と同じ色をしている。
でも、すぐにまたさっきの笑みに戻って、頼りなく首を振った。

「違うよ」
「…そうか?」
「ここは、違う。違うんだ。違う、」

繰り返し呟きながら、首を振る。何かを拒む様に。
ただ、ずっと頭を降り続けていた。


拒むその姿に、つい昨日までの自分が、何故だか重なった。
では、二人とも、帰る場所もない途方に暮れた子たちなのだろうか。



…夕陽は何も云わず、ただ沈んでいった。



012. 夕陽

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