汚れる事を知らない真っ白なマントが目の前でひるがえった。
視界をうめつくす白が眩しいと、一瞬だけ思う。人の上にたつ事になれている声が、自分の名前を呼ぶから従った。遠くでは、戦の兆しをみせる炎。

「なぁ、アフロディーテ。見かけない顔だ、誰だか知っているか?」

振り返った彼の顔は戦の前だというのに相変わらず涼しげで、唐突に関係ない事を訊いてきた。そういう人だった。一度始まれば、先陣切って飛びだしていくのは彼の隊で、そして隊をおさめるべき彼はその中でも最も先頭を雄々しく駆けていく。何も彼自らが飛びだしていく事もないと、いくら云ってもいつもはぐらかされる。戦う為に生まれたのだと、彼は時折苦笑して。

「誰のことですか?」
「ほら、さっきからシオン様のすぐ後ろにいて…俺達と同じ黄金聖闘士の聖衣まとってる、ああいうのをプラチナブロンドっていうんだっけ?青い瞳の…」

先程からぼけっとどっかをみてると思ったら…本当に緊張感の足りない人だと心の中でそう思いつつ、彼が指さすほうをみつめる。血と泥で汚れ傷痕だらけの指がしめす先には、本隊の中心で何事かを命じているシオンと、彼の云う通りすぐ後ろで静かに佇んでいる青年。

「ああ…、双子座ですね。射手座の貴方とは対極の位置にいるので知らないと思いますが」
「…双子座?双子座の空席がうまったなんて聴いてないぞ」
「双子座は特殊なんですよ。あまり知られてない面が多い。シオン様の懐刀というか…。その能力から極秘任務を主にしていて、本当に私達とは別で…、宮にもあまり寄りつかないし」

知っている情報を記憶からたぐり寄せながら喋っていると、横からじとりという視線を感じた。

「…………なんですか?」
「やけにくわしいな。…ひょっとして、惚れてる?」
「………………………彼に少々縁があるだけです」

くだらない事をいう。溜め息をついた自分の横で、彼が軽く首を傾げてそのまま空をみつめていた。それでも、この人は自分にとって尊敬できる人で、一生敵わない人なのだと思う。戦場にでれば誰よりも強く激しく戦う、傷つきながらも倒れず。夜叉のようだと誰かが呟いていた。戦場でこそ光り輝く。それでもその翼が自分達を守る事を知っている。救う事のできる手だった。

「それにしても、綺麗だ」

気持ちの良い風をうけ満足気に微笑んでいた彼のその唐突な言葉に、思わずふいた。

「…は?」
「宮に寄りつかないといったな。何故だ?」
「……任務以外の時間をつかって、貧しい村々を訪ね手をかしているそうです…くわしい事はしりませんが…、だから聖域外の人々から双子座はまるで…『神』のようだと」
「人を傷つける事しかできない俺の手なんかとは違うわけか。良いな、見てみたい。憧れるよ」

真っ直ぐとその翡翠色の双眸が、唯一人をみつめている。強く。その横顔に、ふと嫌な予感を覚えたがそれに明確な理由がつけられなくて結局何だか判らなくなる。いつかにもその目を戦場でみた事がある、その目を知っている。 その思考をすぐに振り払って、彼の言葉に応えた。

「…でも、その手は同時に何かを守っているのを私は知っています」

何の意味も彼にとってなさないだろうその言葉に、でも彼は微笑んだ。小さく。

「名前を、知りたいな」
「…もしかしなくとも、双子座のですか?大体、対極の位置のものと出会う事すらほぼ希なんですから、もう会う機会もないでしょう。それに、対極同士が出会う事などあっては、」
「ならない。知ってるよ。自分の役割を忘れる事もしない。判ってる、何年聖域に仕えてると思っているんだ。魚座は小言が多いね」

風向きが急にかわる。ばさりと大きく背のマントがはためく。横で男がにやりと笑った。
来るよ、小さくささやいて。 温かく強大な小宇宙を強く傍に感じた。

「あー、でもせめて名前ぐらいは知りたいよなぁ」
「やめておいた方が良いですよ。貴方、親愛の印しにとかいってつい誰かれかまわず手の甲にキスおくる癖あるじゃないですか。あの双子座の事だからきっと盛大に嫌がられます」
「シオン様にまでやったのは結構自分でも反省してますけど…ってか、やっぱり双子座と親しいんだろお前!」

そりゃ、双子座は、私の世界の『神』ですから。
わざわざ伝えなくとも良い言葉を誤魔化すように彼お得意の微笑みで返してやれば、ふっと笑い返された。まいったね、声が届く。

空気がざわめく。始まる前のこの何ともいえない不気味さが嫌いだった。失われる、それを予感させる恐怖。(「それ」を憎いと、およそ「彼」にふさわしくない言葉を口にしていたあの日を思い出す、それでも双子座を愛していた。射手座への尊敬とはまた別に。)

「名前も、きっと美しいんだろうと思うよ」

一瞬だけ盗み見たその顔は、期待と楽しさをにじませ、どこか愛おしげだった。戦を思ってではなく。矢張りその瞳に何かの予感を感じたが結局はすぐに答えをだせるわけもなく、やがて忘れてしまった。


対極の星同士が出会う事。互いの定められた場所から離れようとする事、互いに憧れる事。それがどういう結末をむすぶ星の縁となるのか。未来はまだ先の事で、何も判らず、ただ、彼らは星々から見下ろされた地上で懸命に守るための拳をふるっていただけだった。
その運命の名前さえ知らず。



名前を教えて (060327)
半パラレル、だと思うしかないような。