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ひんやりとした石床をかたい靴のつまさきで規則的に少し急いてうちつける。 こつこつ、こつこつ。 「…あのー、教皇サマ?」 「なにか用か、蟹座のデスマスク」 「用かって、………あんたが勝手に俺の宮におしいってきた挙げ句不機嫌そうなオーラたれながして貧乏揺すりしてんだろうっ…!あーうるさいやめろよそれ!俺までいらいらする!!」 「貧乏ゆすりなんてするわけないだろう?天下無敵の教皇である俺が」 しらっとそういってのけ、男はまたつま先で音をつくる。ひろくて何もない古びた世界でその音がやけに大きく反響していた。よくきくと、今は教皇オーラに恐れて顔をかくした死仮面どものしくしく声も微妙に音に混じってきこえてくる。最悪だ。 こんな最悪な事態は、何だかしらんが「彼」にあうかあわないかで下の宮の主である男がよりにもよってこの宮で立ち往生し盛大に駄々をこねた時以来だ(しかもつい最近)。 何はともあれそれも今も元凶の一端である男は壁に背を預け、えらそうに腕組みなんかしちゃって下の宮の方をじっとみつめている。その翡翠の瞳で。 「いっとくけどな、下の主は今外出中だぜ。行く先はしらないし、俺は関係ないし」 「知ってるさ。だから今神官衛兵総出で捜索させてる。教皇命令で」 職権乱用とかいうやつじゃないのとか、ただの散歩だったらどうすんのとか、どうせ弟がついているんだろうしとか思うには思ったがそんな事自分にはどうでもよかった。それよりも。 「…いやだからそれでなんで俺のとこいんの?いすわってんの?」 「すぐ追いつけるように」 ぱっと壁から勢いよく離れたと思えば、その白い裾をひるがえし上の方から慌てて降りてくる神官のもとへとむかった。傍目どうどうとしたその態度、迷いのない足取り、精悍な横顔はいつもと変わらずだが、その瞳に今日は若干焦りの色がみえる。わかる人にしか判らない程度のそれだが。(やっぱり、そわそわ心配しすぎて1人でいられず降りてきただけなんじゃないのか) 「き、教皇、申し上げます…!」 「聞こう」 現教皇、元射手座の英雄が探している主は言わずもがな、双子の聖闘士さまである。 「どうしても手に入らない。こぼれていく」 独り言のようなそれを、でもしっかりきいてしまった為、面倒くさそうにそれでも答えてやった。 「それでもいいとお前が星に望んだ」 「追いかけてばかりで、それでも手が届かない。いつもこの指の先に」 傷だらけの両手で顔を覆い苦しむように項垂れるその翼のない背に額をあずけた。包むように。 「おまえが、気づいていないだけで、」 闇にかき消えてしまう程儚い光しか放てない存在さえもしられていない見えない星を、君は知っているだろうか。いつも君の傍にそっといる。包むように。 地球を三周してようやく再会できた。一日ぶりの再会は涙で迎えてくれるのかと思ったがそうでもない。「女神おすすめの星座パフェというのを食べてきた」とあっさり、しかもあの天使スマイルでいわれてしまい、こちらはがくりと肩をおとすしかない。笑顔はこちらの専門だというのに、それでもやはり長年の付き合い(13年ブランクあり)にはかてない。相手もなかなかの曲者だ。内心むかっときたので、それを悟られないようにこちらも文句のつけようのない爽やかスマイルで返してやる。どうだっ。「急に仕事ほっぽりだして消えるから慌てたよ」と、付け加えて。 「あまりに可愛いから変なおじさんにつれさられちゃったと思った」 「そうか、それでわざわざ地球三周旅行か。教皇御自らご苦労だったな。で、土産は?」 にっこり。相手もにっこり。…なんだか段々面倒くさくなってきた。彼相手に腹の探りあいをしてどうする。探られてみつかるのは、どうしようもなく見苦しい英雄でも教皇でもなくなった俺だけだ。どうせまた云われるだろうなと予想しながらも、大きな溜め息をひとつ。 「…教皇が、そんな顔をするな」 「教皇を地球三周もさせた男にいわれたかないね」 「3周もさせる程遠くに行ったつもりはなかったが」 そう、彼はもっと近くにいた。俺が散々飛び回っている時悠々とギリシアに戻り、聖域の近くに点在する村の1つの礼拝堂で1人静かに読書をしていたのを今さっき発見したのだ。こんなに近くに。 近くにいるのに。手をのばせばその指先がきっと彼を捕まえられるはずなのに、それでもどうしてこんなに泣きたくなるんだろう。 彼には、解かれる事のない死の呪いが1つまとわりついている。 「…もういい、帰ろうか。サガ」 昔の癖で思わずその手をとってしまいそうになったのを寸前でおさえて、踵を返した。背中に彼の真っ直ぐな視線がそそがれたのを感じる。そっと、呟かれた。 「待ってた。ずっと、ずっと。いつかのお前のように」 「…え?」 彼には、クロノスの呪いが解かれていない。死の祝福を受けた魂のまま再生した。 傷も悲しみも苦痛も憎悪も、愛も全て忘れず抱え込んで。 「そしたら、本当に迎えにきた。な、云った通りだろ?」 何をと、問い返す前に所在なさ気の指を彼によって掴まれた。指先がとらえあう。 「お前が気づいていないだけで、私はずっとずっとお前の傍にいて待っていたんだよ」 お前の指先をつかまえて。 だから、そんな不安そうな顔ばかりしないで。離れても。 どうしようもなく勝手な事を呟いた双子座の男が、でもそう云って嬉しそうに笑うもんだから、仕方がないと俺も笑ってやった。多少ぎこちなかったが。 今は、まだ、此処にいる。 (060228) |