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「誰かがあのヒトを殺してくれたらいい」 ぽつりとこぼれおちた言葉は、闇夜に紛れてすぐに消える。すぐに消えてしまったから誰がその言葉を紡いだのかも判らなくなった。判らなくて良かった。 3人は未だに明けぬ東の空をただみつめている。ある者は立ち、ある者は座り。この夜が明けるのをただ静かに待っていた。東の空からこぼれる光のその色が、懐かしい自分達のまとう聖衣の色と同じだという事を彼らは知っていた。 「ああ…、おい見ろよ。双子座がみえる」 先程の闇に紛れていった言葉などなかったかのようにデスマスクが突然そんな事を云って指を天にむけた。2人はつられて寒々とした空に浮かぶ星の軌跡を探す。 「よりにもよってこの季節を選んで空にあがるのか」 「アフロディーテ、」 「君の説教は聞きあきたよ。冗談にきまってる」 「なあ、この会話、前にも誰かがいってたよな」 その言葉に3人同時によぎった姿はきまって、あの日溜まりの下の笑顔。アフロディーテが盛大に舌打ちをして、デスマスクを睨んだ。 「お前はわざと思い出させようとしているんじゃないか?」 「わざとじゃねぇよ。あー、ちくしょう。余計最悪な気分になった」 黄金に輝く聖衣は彼ら12人の誇りであった。女神の加護を最も強く受け、聖闘士として最も優れた証。こぼれる光の色をみた人々は皆眼を細め、神のようだと呟く。光り輝く聖衣は、その輝きだけをみて無敵だと誰もが盲信していた。絶対の正義、絶対の勝利、絶対の希望。闇夜を切り裂く一条の光かのような聖衣。 まとう者はきっとこの世界で一番の幸せものなのだ。何と云っても星に愛されている。 ─────そうだろうか?あれが「幸せ」なのだろうか?星に見捨てられる事なく、闇に身を染めても、それでも光の聖衣に愛された人間。 今日もまた自害をはかろうとした。否、死ぬつもりはないのだろう。ただ突然記憶が混乱し、意識が狂い、何もわからなくなって怖くなって自身を傷つけるのだ。ここに自分がいるのか判るために。体中を真っ赤に染め、そしてようやく倒れた。今度こそこれは死んでしまうのかもしれない。3人同時にそう思った。生きてくれた方が都合が良い。だって、今の聖域を治める事ができるのは彼しかいないのだ残念な事ながら。でも死んでくれても都合が良い。だって、こんなヒトをずっと見守り続ける事なんてこちらの気が先に狂う。思っていた矢先の、『奇跡』。突如、双児宮からとんできた黄金の聖衣が血まみれの彼を黄金の光で覆ったのだ。触れるなといわんばかりの圧倒する光。光に包まれた彼は矢張り美しく、人間離れした美しさは損なわれる事ないまま癒され蘇った。体の傷が全て癒されてから、聖衣はまた元の場所へと戻っていった。何も云わず。 正義の聖衣は、正義である全ての人間を裏切った彼をでもまだ生かしている。愛している。 「誰かがあのヒトを殺してくれたらいい」 何に狂わされてしまったのだろうか、あの儚いヒトは。何かもっと自分達の想像のできない場所で操られているようなきがする。もっと、もっと、狂えと。そして、自分達には何もできないのだ。手をさしのべる事すらもう出来ない。 「─────夜明けだ」 東の彼方からようやくのぼった光。こぼれる光が、3人のまとう聖衣を黄金色にてらした。いくら傷つこうとも紅く染まらず、ただ黄金の輝かしい色だけを残すこの聖衣が今は少しだけ重かった。それが罪だというのならば、あまりにも眼に痛く残酷だ end. (050909) |