サガは駆けていた。
駆けていた、長い階段を。
昇る為ではなく、降りる為に。

───終わりにする為に駆けだしていた。

意識は朦朧とし、視界は今にもかすれ、体中からとめどなく血が噴き出し、血の点を残していっても…。何もかも喪っても。
それでも、止まる事もなく、サガは進んだ。

脳裏から、いつものあの意識の声が聞こえてくる。

『何故、オレ一人に任せておかなかった。…何故、苦しむと判ってて、表にでてきたんだ?最初からオレが全てを…』
「───もう、逃げないと決めたんだ。私は、逃げない」
『愚かな』
「……………ありがとう、今まで…」
『─────────』

一つ一つ、無人の宮を通り過ぎてゆく、もう誰もいない。
自分を支えてくれたヒトは、もう誰も。
だから、立ち止まらず、迷いなくサガは進んだ。
───その声が、するまでは……。

「サガ」

「………ロス……?」

石段の一つ二つ下に、いつのまにかこんな血泥の戦場に似つかわしくない子供が立っていた。
その明るい碧の瞳には、見覚えがある。忘れるわけない。

「…どうして……」
「約束を叶えにきたよ。見つかったんだ」

何を?と問う前に、子供は、サガの血まみれの手をとって、駆け出し始めた。
宮と宮の間の細い抜け道…普段はヒトの通らぬ其処を、子供は躊躇いもなく進んでいく。 サガはただ流されるまま、素直についていった。
そして、辿り着いた場所は───…。

「……此処は……」
「双児宮の裏。知らなかった?此処が、約束の花園だよ」

視界に広がるのは一面の蒼。
大いなる空と、大地の上にしげる花々。
蒼い花弁だった。確かに、蒼かった。
風にさらわれて舞う様は、本当に綺麗。

「……こんな処に、あったのか…」

ずっと、探し求めていた景色は。
彼と、叶えられなかった約束の地は。
此処に、こんなに近くに。

「………アイオロスが、この花畑を自分でつくったんだよ。いつか訪れる春に…サガが一人となっても寂しくない様に……」
「────嘘だ…、だってアイツは明日見ようって……」


───ああ、アイツは、全てを判っていたんだ……。


「…アイオロス……」

こぼれた名とともに、落ちたのは温かな涙だった。

「アイオロス…アイオロス……!」

氷が溶けていくかの様に、サガの瞳から雫が流れていく。
此処は、ひどく温かだった。
光咲く地だった────彼の小宇宙の名残がした。

彼が、遺してくれた…世界だったのに…。



ふと……頬に温もりを感じる。
きつく閉じていた目を開けた、そして、サガは見た。
目の前で穏やかに笑う青年の顔を。
懐かしいその笑顔を───…。

此処に在るはずのないその笑顔を、でも、サガは受け入れる。

「……アイオロス…………」
「サガ」

あの頃と変わらないその優しげであたたかな声音に泣きそうになった。
でも、此処で泣いても意味はないのだと、どうにか声帯を震わせて、精一杯の言葉を紡ぐ。しかし、今度は何を云えば良いのか判らなくなった。

「…………私は、………私は……お前を……」

あふれてくるのは涙と、懺悔と…そして、愛おしさ。
それが幻でも何でも良かった。
何を云えば良いのか判らなくて、たとえそのまま頬にそえられた手で目玉をえぐり取られ様とも良かったと思えた。
だが、彼の手はずっと優しくそえられたままだった。

「私は────…」
「それでも、」

彼は、微笑んだ。
あの懐かしくも、永遠の地に封じられてしまった時の、笑みで。


「サガは、俺の親友だ」


最後に流れた涙はひどく熱かった。

全てが解放されていく様な心地がする。
彼のたった一言によって、冷たい氷が溶けだしていくかの様に…。


視界は、まばゆい光に覆われ、そして次に見た時には、すでに彼はいなかった。

あとには、彼のぬくもりしか残っていない…。

「サガ───」
「ロス……」

振り向けば、子供のロスがこちらを見上げている。相変わらずの綺麗な瞳の色に、何故だか笑みがこぼれでた。今だけなら、素直に言葉を紡げると、そう思う。

「ありがとう…。お前がいなかったら、私は最後まで私でいられたか判らなかった……それに、お前は、此処に連れてきてくれた……本当にありがとう…」

云って、サガは微笑んだ。
儚くも哀しい笑みだが、でもそれは微笑で。
ロスも、笑みで返した─────返して、そして、消えた。

結局、あの子供は一体何だったのだろうと、考えるが、でも、きっとあのロスはロスでしかないのだと思う事にした。真実が判らなくても、それでもあの存在は何も変わらないのだから。 降らなかった雪がみせた幻だったのかもしれない。




そうして、サガは春の香りがするこの庭を立ち去った。
再び、歩き始めた。
寒い寒い全てを凍らす雪の日は、もう全て春の光に灼かれ溶けて…今残るのは、この温かなぬくもりしかない。
そのぬくもりさえあれば、良かったから。


凍えたあの日に出来なかった事を、今しに行く。
下からはすでに、全てを包み込むかの様な尊い小宇宙が近付きつつのが判る。
彼が守った尊い命が、今めぐりめぐって、ようやく自分のもとに来る。

サガは、だから迷わず、進んだ。


もう、凍えた季節は終わったのだから。


last song, end.




────Who am I ?
君は、僕の親友だよ。