「……………教皇、これは何なんですか…?」
「見てわからんか」
「……………………毛虫?」
「さて、サガよ。シオンお手製のこの野犬風着ぬぐるみに身を包み、アイオリア達小僧をおどかしてくるのが今日の仕事じゃ。心してかかれ」
「は?」
「先日闘技場に野犬が侵入してきた際、それをみた聖闘士候補生の小僧共がおびえて逃げ出したというではないか。なんと嘆かわしい。聖域育ちで、野犬は初めてだからといってなんだ。それで聖闘士が務まるものか。というわけで、夜鍋してこれをつくったのじゃ」
「……あの、サガが勉強不足なのでしょうか?仰っている意味がよく判らないのですが」
「可愛い子は、崖から蹴落とせ。前聖戦の折り、タルタロスの穴へ天秤座の男を蹴落とした時の女神の御言葉じゃ」
「てゆうか、先程からの私の発言、全部無視してますね」
「無事、野犬を恐れる聖闘士にならぬよう指導してくるのじゃ、さぁさぁ!」
「なに乗り気なんですか、ちょ、や、…教皇!本当に、こんな茶色い毛虫のような着ぐるみきなくちゃいけないんですか、私が?!こういうのはアイオロスの役目でしょう?!」
「奴には今、つちのこ着ぐるみをつくってやってる最中じゃ。もし戦闘時、珍しいつちのこを見つけても結してきをとられぬようにというシチュエーションでの、」
「どんなシチュエーションですかそれ!てか、あんた何着つくるつもりですか?!」
「老後の為に新たな趣味を模索している最中なのじゃ!!今、書類をみながら縫い合わせるという技を開発中で、今回がその第一号じゃ!」
「仕事場でそんな事やってたんですか教皇っ……!!って、その着ぐるみのファスナー開けながらにじり寄らないで下さいっ………ぎゃぁぁぁぁぁ…………」

(お着替えタイム☆)

「ふむ。やはり童虎でないと千日戦争まで持ち込めないから張り合いがないのぅ」
「…そうですかでは今すぐ老師のもとへいって、これを着せる過程でも楽しんできてください」
「おお、にあっとるぞサガ。これでは誰もサガだと思わん、どっからどうみても野犬じゃ!」
「とりあえず突っ込んでもよろしいなら、顔が見えてない時点で似合ってるはないと思います教皇」
「おっまえはほんとーに可愛げがない。わしが手放しで褒めてやってるのに。師匠が、折角可愛い弟子の為に冬でも寒くない着ぐるみにしてやったのだぞ、もっと喜べ」
「多分、師と仰ぐべき人物と相性が合わなかったんでしょう」
「ちなみに、親野犬もおる。わしと一緒にきれば親子着ぐるみ完成じゃ☆」

でかい毛虫を楽しげにみせびらかすシオンをみて、サガはそっと溜め息をつく。教皇の間にいるまではいいだろうと思って、かぶり物をとってから口を開いた。青い視線は真っ直ぐ師でもあり、自分達双子の拾い主でもある教皇をみつめ。

「今日はそんなに浮かれて……何かあったのですか?」

少しだけきょとんとしてから(長年みてきた者ぐらいにしか判らない程のそれはささいな表情の変化だったが)次に教皇にしては珍しく満面の笑みをみせた。前祝いじゃ、と言った。

「初夢に、女神のお姿をみた。確かな神託は受け取ってないが、まもなくであろう」

喜べと、先程も同じ言葉をいわれたがそれよりもはるかに嬉しそうな声に、サガは笑い返しただけだった。そのままゆっくりと立ち上がる。年が明けてからもう一週間以上は経っていた。遅くてもその夢をみたのは数日も前の事だ。数日間、仕事も手につかず着ぐるみをつくりはじめたのだろう。サガは微笑んだ。

「お、ようやっと素直に行く気になったか」
「まぁ…もう貴方の気紛れにも我が侭にもなれました」
「お前ほど手におえん弟子もいなかったがな。ああ、アイオロスもそうだったな」
「これ程に真面目で勤勉な弟子もいなかったと思いますが」
「それでも手におえん。嘘ばかりつきおって」

にんまり、不敵に微笑む師に、かつての弟子もにっこり笑い返す。アイオロスと共に修行している頃よりも前、聖域にきてまもない頃は師としでなく、ずっと父だと信じて付きまとっていた時もあった。

「それでも構わん。少しぐらい手向かわれた方がいい。そのかわり、ずっと偽り続けろ。一瞬たりとも気をぬくな。過去も、絆も、忘れてしまえ。お前には重たいだけだ。それでいい。私はそう思っている。弟の事も、恨んでいいのだ」
「私は、───教皇に感謝しています。今も、昔も、これからもずっと」

フンと、教皇は鼻で笑っただけだった。親犬の手で行けと合図する。静かにサガは去っていくのを確認してから、ゆっくりと瞼をおろす。ちりちりと感じる痛み。最後の、最後まで、そうしていればいいと本気でそう思っている。偽って、自我が保てるならそれで良かった。
たとえ、自分が彼に殺される瞬間がきても、その瞬間でさえ偽ったままでいれば互いに楽に終われるのだ多分きっと。



「あっれー?サガぁ?めずらしいかっこしてるね」
「………顔も見えないのによく私だと判ったな。本当に無駄な処だけ優れてる」
「それ、例の計画のやつだろ。へぇー」
「…って、お前勝手にひとの尻尾ひっぱる、なっ!」
「…………華麗なキックを有り難う……げほっ、サイズぴったりで動きやすそうですね」
「そうなんだ。それで今、困ってる」
「?」
「こういうところが、嫌いなんだ」

13年前のある日。


(060109)