魔女といえば、林檎だが。
サガのつくった林檎のパイは、リサイクルショップで安く仕入れたオーブンの中で、見事に爆発したのである。
薔薇の花嫁曰く、「ちゃんと体重計で分量をはかった」


「…………アイオロス……なんだその弁当箱の中身は…」
「いうな、みるな、きくな」

しかし、「薔薇の花嫁」だからという理由でサガが一人でつくったサガお手製の「お弁当(林檎のパイ)」なのだ。爆発したそれを何ら構う事なく綺麗に包んでもたせてくれた(手先は器用なのだ…)サガの為にも、アイオロスは黙々とそれを食べるしかなかった。もともとはただの林檎なのだ、たとえ市販のパイの実も混ざっていようが、それもまた食べ物である。
アイオロスのその態度に、ラダマンティスははあと判ってくれたのか何なのか微妙な表情を返してくれた。流石は、友達である。が、

「……じゃあ、その頬の赤くはれた痕はどうしたんだ…」
「……………………弟と、ちょっとな」

これもまた仕方がないのである。朝起きたら、実の兄が弟の隣で、昨日知り合ったばかりの自称・花嫁を抱きながら寝ているのだから。何も不実な真似をした覚えはないのだが、アイオロス自身いつ寝たのかも覚えておらず、たとえ花嫁が夜中、勝手に彼のふとんに忍び込んで勝手に眠っていたのだとしても…、やはり……花嫁をつれてきたアイオロスに責任があるのだから…、ショックを受けた弟に殴られても仕方がないのである。

「それじゃあ、横にぴったりと座ってる子は、一体───」
「薔薇の花嫁です」
「って、おい、サガ!」

それまで黙っていたのにも関わらず、そこだけははっきり主張した薔薇の花嫁は、慌てるアイオロスに矢張りにっこりと微笑むだけであった。伏せられる長い睫が魅力をあおる。
もう見慣れてしまった笑顔に、アイオロスは何もいえずただ黒炭になった林檎を口にいれた。

今朝、起き抜けに弟に殴られ、オーブンが爆発しつつも、どうにか学校にたどり着いたアイオロスについてきたサガはそのままアイオロスの横の席に座った。え?同じ教室でしたっけ?? 疑問に思っていたら、「私はアイオロスとエンゲージしたから」とお得意の文句で何が何だか判らないまま、ただ今までいなかったはずのサガがクラスの一員になっていた。不思議な花嫁である。



「あれが、噂の花嫁か…」

放課後、薔薇の水やりにサガが行ってから、ラダマンティスがそう呟いた。

「え…、『薔薇の花嫁』って知ってんの?」
「…上級生の方で有名だ。誰もよりつかない薔薇園の世話をいつも一人でしてる子で…、それで」
「それで?」

少しだけ躊躇った後、小さい声で教えてくれた。

「次々と、男を誑かしては捨てる魔女だって…」

そして、生徒会長のお気に入り。



放送ではちょうど生徒会長が役員に呼び出されていた。もうすでに2,3度流れているというのに、未だに生徒会長は生徒会に戻らないらしい。会長が誰なのか全く知らないが、人間ときには職務を忘れたい日もあるのだろう。

そう思いながらアイオロスが行く先は、薔薇園である。サガの荷物はちゃっかり未だ家に置いてあるのだ。どうにか今日こそは、説得しなければならない。
薔薇の匂いが徐々に強まる──薔薇の指輪の重みが急にましたきがした。

(ああ、これは一体、何の棘だったのだっけ…)

薔薇園の中央、昨日と同じように真っ赤な世界にたたずむ人をみつけた。美しい金糸の髪に、どこか遠くの空を映した瞳。頼りない視線は、宙をさまよった末、ようやくアイオロスの姿を視界に捉えたらしい。彼女のスカートが風にひるがえる。金糸の髪が一層美しく乱れた。
風が、彼女の薔薇たちの花弁をさらっていく。青空に散る、赤。
目を奪われたのは、何にだったのか。

「……さびしそうだね」

何故、そう告げたのか。
ただ、こちらをじっと問うように見つめていたサガのその唇が、何事かを紡ごうと開いた瞬間、(彼女の言葉をずっと待っていたその瞬間)

「…生徒会長を発見致しました」
「はあ?!…ちくしょう!此処にいたぜおい!」
「良いから、さっさと捕まえてしまえ。面倒だ、縄でもかけろ。忌々しい」

後方から物騒な言葉が飛び交ったかと思えば、アイオロスの首に突如、縄がまかれたのである。抵抗する前に手際よく、きゅっと絞められるが、これで死なないのが奇跡だ。何が何だかどころではない。そのまま背から地面に倒されて、ずるずると荷物のようにひきずられて、天なのか地面なのかよく判らないが、それでも何故だか、その間に、薔薇の花嫁のその姿だけがはっきりと見えたのだ。
───驚くわけでもない、心配するわけでもない、微笑むわけでもない、ただまるで此処をみていないかの表情で(ぽっかりと穴があいたような顔で)サガがたっているから、だから、思わず叫んだのである。

「…っ、サガ!待ってて!そこで……待って……すぐ、必ず戻るから!」

そう、云わなければならない気がしたのである。
声がだせたのも、奇跡であった。 ただ、彼を縄で捕まえて引きずっている物騒な人物達が、彼のその言葉に顔を見合わせた事には気づけなかったが。アイオロスの意識は、そのまま途切れたのである。





「薔薇の勝利者が、この学校の生徒会長を務める決まりだ」

本日2度目の覚醒は、弟の拳よりも強烈だったかもしれない。縄をほどかれ、どうにか人間の扱いをされるようになったアイオロスは出されたお茶を飲みながら、そのお茶を吹き出した。目の前の人物は、すかさず避けた。

「………え、よく意味が…」
「そのままの意味だ。決闘の性質上、ころころと勝利者が入れ替えになって運営がままならなくなる時もある。そのための、会長代理は、俺がずっと務めていた……ああ、名乗り忘れていたが、俺はシュラだ。よろしく、会長」

生徒会長といえば、学校の生徒会の一番偉い人で、今日散々放送で呼び出しされていた人で、そして…「薔薇の花嫁」をお気に入りにしているという…。

「会長を捜しに行ってくれたのが、生徒会役員のアフロディーテとデスマスク、それに書記のムウだ」

くるりと後ろを振り向くと、三途の川をみせてくれた物騒な方々は、面倒くさげにこちらを見てきた。小柄で(何故か麻呂眉の…)書記は、すました顔をしているが、残り2人は本当に役員なのかどうか疑いたくなる雰囲気をにじませてくる。金髪の巻き毛をした顔が綺麗な方はすぐに興味をなくして、窓の外をつまらなそうにみていたが、銀髪の方はかなり剣呑な雰囲気を隠そうともしない。
シュラと名乗った生真面目そうな青年が、「デスマスク」とたしなめるように名を呼ぶと、呼ばれた男が鼻で嗤う。

しかし、アイオロスの気になる事はまた別にある。

「……生徒会ぐるみで、サガにあんな事を強いているのか?」
「『薔薇の花嫁』のことを云っているのか」
「何もかも、だ。無理強いさせているのなら、今すぐやめてくれ。どうして、サガが決闘の勝利者の云いなりにならなきゃいけない」

後ろからまた莫迦にするような嗤いがきこえたが、アイオロスはただ目の前の黒い瞳だけを見つめた。たじろぐ事の一切ない、無の瞳。

「……アイオロス、貴方の質問に答えるとするならば────俺達もまた決闘者だという事だ」

アイオロスと同じ薔薇の指輪をみせたシュラは、静かに言葉を紡いだ。

「ある日、『世界の果て』から何名かの生徒に手紙と指輪が届いた。『世界を革命する力が欲しくば、決闘せよ』と。そして、同じ日に『薔薇の花嫁』がこの学園に現れた。天空にさかさまの神殿という奇跡の力の一部をひきつれて」

明日、改めて業務の説明をしよう。
そう言い残して、シュラは生徒会室から出ていった。




追ってきたのは、デスマスクだった。足早に進むシュラのその横に並び、顔をのぞきこんで笑う。

「前のあの勝者からサガが解放されたんだ。もっと喜べよな。前の奴、ほんと莫迦な男だったよ。お前だってサガの扱いに苛ついていたくせに。お前の腕なら、あんな奴からサガを奪える事も簡単だったのに、そーもしないでただうじうじぐだぐだと…」
「貴様…、付いてくるな」

苦虫を潰したかのようなシュラの表情に満足して、デスマスクが先程までとは違う笑みを浮かべた。

「さっさと手に入れておけば、こうはならなかったんだ」

あの日も。いつも、いつだって。

「………付いてくるな。それとも貴様が、あの人に報告しに行くか?」
「冗談。俺、あの人に嫌われてんだって知ってるだろ?」


そう云ってようやく立ち止まってくれたデスマスクに溜息をつきながら、ふとシュラの視界の端にとどまったのは、鮮やかな赤の色彩。廊下の窓越しにみえたのは、薔薇の檻の中で佇む金糸の髪の人の姿。それを一瞬だけ盗み見て、シュラは暗い暗い廊下の奥へと消えていった。



世界を革命せよ!2(071207) → NEXT