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星がとても騒いだ夜、月のないとても寒い夜、シオンが小さな赤ん坊を抱えて聖域に一人戻った夜。廃墟にも等しかった主のいない12の宮を見下ろしながら、シオンはゆるゆると目を閉じた。静かにあふれたこの感情に名前をつけるとしたら、それは…。 女神像へ祈るように、シオンはその温かなものを抱きしめ、跪いた。 二百年の時を越え、ようやく聖域に戻ってきた最初の、始まりの子供達。 全ての運命を託されてしまった幼い2人。 夜にしか見えない星空を映すはずの水鏡にひろがる、波紋。幾重にも。幾重にも。シオンは目を細め、それが鎮まるのをまった。だが、映し出したはずの射手の星座は一向に波紋の奥で輝いているだけだった。 水瓶の前で跪いていた少年は、綺麗に磨かれた大理石の床をただじっと見つめている。水鏡の揺れる小宇宙を感じてるはずなのに、黙ったまま。 教皇シオンから見えたのは、その輝かしい黄金の翼を背負った小さな背中だけだった。 射手座の少年が黄金聖衣を継承した同じ年、11月30日、少年の生まれた祝福の日に、女神神殿の奥で、少年は少年の未来に関する先見を知る事はできなかった。 深い、混沌。 *** かつかつ、かつかつ。これ以上とない苛立った殺気を放ちながら教皇シオンは長い法衣の裾をひきずり、これまた長い回廊を大きな音を立てて歩いていた。やや、性急に。 挨拶をしようとした老神官は教皇のいつにない様子に顔をひきつらせた。 「…き、教皇さま…?」 「…………………あの小僧を見なかったか?」 「……と、申しますと…」 「また、脱走したのだ、あの馬鹿!!」 これで、何度目だったろうか。勉学も訓練も、それこそ誰よりも真面目に勤勉に取り組むのだが、時々、ふーっと何かが物足りなくなるのか、その姿を消失させる事があった。潜在的な才能もあり、最近では小宇宙を上手く隠す術まで手に入れたらしい。衛兵総出で探させた挙げ句、ひょっこりもとの場所に戻っていた事もあれば、聖域と人里を繋ぐ門の上でぼんやりしている姿を見つけた事もある。掴めない。風のように。 『………シオン』 シオンの思考を断ち切るように、ふっと届いたテレパス。神官に捜索の指示を出し、去らせてから、彼は静かに「カノン」と呟いた。途端、回廊の端に小さな影が現れる。細い手足を見ながら、シオンは溜め息をついた。ゆっくりと子供に近付く。 「ヒトに見つかったらどうする。…お前が私に用とは珍しいが。サガなら今訓練中だぞ」 「…………サガが」 そのまま俯き表情を隠した子供にシオンは目を細めた。この子供の事だからけっして自分の前じゃ泣かないと思うが、それでも、…泣き出しそうな雰囲気ではあった。 埒が明かない。 シオンは膝を折り、子供と目線を合わせるとそのままするりと子供を抱き上げた。子供の体が強ばるが、構わずその背をぽんぽんと叩いてやる。…腕の重みが懐かしい。 「…お前の兄が、どうしたというんだ?」 「……………………サガが感じられない」 (…………どいつも、こいつも) あの双子は特別だった(といっても他の双子等シオンは知らないが)。小宇宙ではなく、互いが互いの存在を感じあえた。どんなに離れていても、その時片割れが何を考え何を思うのか、いつだって感じていた、という。だから、たとえ寂しくとも(寂しいとあの子はいわないが)互いを感じる事でたえられていた。だというのに。 (兄と弟の心にずれが生じた?共有できない何かを感じてしまった? 何が、) ふっと、何かを感じ、シオンは顔をあげた。遠く。目を凝らして、常人には見えない彼方を見る。聖域のはずれ、あの脱走犯がよく行く聖域と外とを繋ぐ門の傍。そこで何かを楽しそうに笑い合う子供の姿が、2つ。2人。誰だか確認せずともすぐに判った。 (…避けられるわけない、か。同じ宿命に生まれたのだ。ひきよせ合うに決まってる) 柱に寄りかかりながら、シオンはぼんやりその穏やかな風景を見つめていた。二百年前と変わらぬ風景。この平和に包まれた世界も、やがて訪れる聖戦によって、また喪うのだろうか。(感傷か、馬鹿馬鹿しい)(我等の全ては、女神の御為に、) たとえ、崩壊への序章を知ろうとも。 (それでも、お前達は、一体その出逢いに何を見出す? 何の未来を、視る?) *** 薄暗い神殿の外へでれば、新鮮な空気と蒼くすみきった冬の空がひろがっていた。どこまでも美しく。 その蒼さに惹かれるように、少年がふっと顔をあげる。声をかけなければきっとずっとそこで立ったまま、空を仰いでいただろう。 「アイオロス、」 「……………はい」 空と同じくらい澄みきった目だった。真っ直ぐな。 数年前までいたあの脱走犯だとは思えなかったから、シオンは鼻で笑った。 「…もう、逃げないのか?この空の果てへ」 「もう子供じゃないですよ。…今の私は射手座の黄金聖闘士です」 守りたいものも、たくさんできた。 「だから、私は最後までずっと此処に在りたい。理由なんて、それで充分でしょう?」 (たとえ、その未来が、見えずとも) 微笑んだその少年の癖毛の頭に、シオンは思わず手をのばしていた。そのまま、ぐりぐりと撫で回してやる。きょとんとしてから、少年が恥ずかしそうに笑った。笑った。 黄金の子供の1人としてではなく、この世に生まれた尊い命の1つとして、この少年を、少年達を祝福してしまいたかった。 その、かけがえのない未来が、どうか、少しでも希望のあるようにと。 生まれてきて、出逢えて良かったと、そう思える未来が彼らにくれば、どんなに嬉しい事だろう。 おうごんのこども (061203) その日が来るまで、同じ黄金であるロスとサガを引き合わせる事はしないつもりだったシオン様だけど、シオン様がそうする前に自然に出逢っちゃった2人。ロスが木の上でうたた寝して誤って落ちたら、そこに読書中のサガがいたとか、そんなベタな対面も萌えます。妄想すみません…。か、回廊ってあるわけな…。 |