遠方での仕事を終え、深夜にふらふらと聖域に戻り、さて一眠りしようかとシュラが思っていたのは数十分前。…だが、宮に入る前から、嫌な予感はしていたのだ。
私室のドアをおそるおそる開けてみると案の定、同僚たちが何故だか此処で宴会を開いていた。充満した酒の匂いにくらくらする(大量に転がる空き瓶の中には、大事にしていたワインまであった)。「今何時だと思ってんだよーおせーぞ、一時だ、一時!」「血生臭いな君は。どうにかしてくれ」だの何だのかんだの騒ぐ酔っぱらい共を蹴散らそうとした時に、それは起こった。
目の前の、同僚という名を被った敵(悪魔)と対峙していたので油断していたのだ。

がばりともの凄い勢いで何かがシュラの腰にしがみつき、そのまま押し倒してきた。

とっさに気づき、その「何か」を抱きとめながら床に転がったシュラが顔をしかめる前に、蟹座の男が「はい、かいさーん。おつかれー」と手をぱんぱん叩き始めた。

「丁度良い『抱き枕』も帰ってきた事だし…俺、帰るわ。じゃっ!生きてろよ!」
「君は彼好みの顔をしてるから大丈夫だろ。殺されるなよ」
「は?ちょっと待て…おいっ!」

相も変わらず自由で勝手な同僚達を引き留めようとしたが、腰をぎゅうぎゅうしめてくる二本の腕があったのでどうにもできなかった。シュラはゆっくりと自分の腰にいるものを見つめる。漆黒の法衣をまとった金糸の髪の、…綺麗な人。白い頬は明らかに赤い。一言も喋らず目を瞑っているから、完全に酔って寝ているのかもしれない。

「────…サガ?」

憎しみに歪むでもなく悲しみに崩れるでもなく、ただ、穏やかな寝顔などいつ以来だろう。空が蒼く、風が穏やかだった日々の事がふと思い出される、誰かの傍でうたた寝していた誰か。金糸の髪が風になびいて、綺麗で。
(「触れたら、駄目だよ。起こしてしまうから」と、誰かが微笑んで。)

こんなにじっとみつめても何も言わず、閉じた睫毛を震わせる事もないから、まるで死んでしまったのかと思った。
思いながら、白い指を手にとり、そこへ自分のかさかついた唇をよせた。恭しく。 隠しきれない自分の血の匂いと、彼の指先にまとわりつくワインの匂いに目眩がする。

「…………何だ、まだ生きていたのか……殺したはずなのに」

かわいた声。いつの間にかサガの目がぱちりと開かれ、こちらの顔をみてから、数度瞬きをする。蒼。 まだ夢と現の彼が何を云っているのか、すぐに判った。

「いや、死にましたよ」

彼は。
あの、何よりも誰よりも特別であった存在は。

「…ああ、そうか………、そうだったな」

瞳がまた何度か瞬いた後、首を傾げた。そのまますとんとシュラの肩に頭をあずける。

「………爬虫類がどうして卵をうめないか、おまえは知っているか?」
「………いえ、」
「自信がないからだ。それまで自分が誰かを温めたことなんて一度もなかったから…、だから一番大事な温めるべきものを前にして臆病になるんだ…」
「アイオロスが、そう云ったんでしょう?」
「『でも、一度くらいは試してみたっていいのに』って…」
「……………」
「…………彼がいた10代が、ついに終わってしまったな」

…昨日で。 時計の針はすでに今日が30日だと教えてくれる。彼がいた、あの輝かしい青春の日々。重いはずの翼をそれでも軽々と羽ばたかせた少年。

「20歳の彼なんて、想像できない」

そう云って、くすくすと笑い出す。表情はみえない。
そういえば、いつしか自分も彼が生きていた歳を通り越していたとシュラも思う。
…だというのに、いつまでたっても「彼」に手が届かないのは、どうしてなのか。

「………それでも、彼が生まれてきてくれて……本当に嬉しいと思ったんだ」

唐突にぽつりと呟かれた言葉に、シュラはただ沈黙する。応えるべき言葉などない。ただ、自分も同じなのだと思った。(この手で喪ったものだとしても)


未だに、胸の虚空につきささった、何か。




いころされた (061129)

「ろまんちっく・めもりー」と対のようなきも。
爬虫類云々は、何処かで読んだ小説の一文です(すみませ…誰だっけ