聖域生まれの、聖域育ちだと、いつかにきいた。生まれる前から、「射手座の英雄」である事を定められていた子供。
寒い、寒い日の夜、女神像をみた瞬間、泣きだしたという赤子。


「いっつも謎なんだけどさー、あんたの好みのタイプってどんなの?もちろん、女で」
「へ?」

可愛らしくラッピングされたプレゼントから、高そうな花束、または今朝とれたという農作物まで…、それらが恐ろしい程高く積まれた荷台を面倒くさそうに引っ張りながら、銀髪の少年が横を歩く年上の少年へと問う。年上の少年は少年で、人間が3人ほどは入るであろう大きな風呂敷をかついでいた(中身はもちろん、荷台の物と同じだ)。

「なんだよ、唐突に。あ、デスマスク、さては好きな子でもできたのか?」
「ばぁか、ちげぇよ。ただ、あんたはさ、毎年こんだけ老若男女とわず贈り物をもらえる程愛されてるからさ…。そんなあんたは一体、誰を愛するんだろうって、考えてた」
「ふぅん」

気のない返事をした翡翠色の瞳の少年は、デスマスクが引っ張る荷台の中からひとつ小さなプレゼントをとりだして、手でもてあそぶ。
思わず口から飛び出た「愛する」という言葉は、でもデスマスク自身それが何なのか判らなかった。ただ、ふと、あの長い金糸の髪をもつヒトの影が瞼裏を過ぎった。

「…可哀想に」

こんなにたくさんのものを贈ったって、どうせ、なにひとつ、誰ひとり、この「特別」である男に届く事はないのだ。
いつかの、射手座の誕生日。



***


冷静に考えられる状況ではなかった、既に狂気が世界を支配し、狂気の中の理性がうわべだけの安定をみせた。「殺してやる!殺してやる!」と散々絶望を叫き散らした男は、先程ようやく眠りについた処だ。
久方ぶりに自宮に戻ったデスマスクは、ふと耳を澄ます。遠く離れた最上の宮から、美しい歌声が届いた。優しい、子守唄のような(それを子守唄と思うのは、今はなき双子座の少年が眠りにつく間際その歌をよく歌っていたからだ)。誰が歌っているのか見当がつくから、思わず苦笑すると…誰もいないはずの自宮から声が返った。

「この声は、アフロディーテだね」

らしくもなく、震えたのは、その声を今、一番求めていたからなのかもしれない。手にしていたヘッドパーツがガタンと大きな音をたてて、落ちていった。

「…………どうして…」

宮の奥から現れた青年は、いつもの人好きする笑みをデスマスクにみせた。





ソファに座りこちらをじっと(頬を膨らませて)みている視線がいい加減鬱陶しくなるが、根気よくデスマスクはたえていた。無視するしかない。たとえ、女神の暗殺という大罪をなそうとした反逆者が此処にいたとしても。その足が、もう見えないとしても。

「デスマスクー、なんだよ冷たいなあ。死んだんだからもっと優しくしても良いだろ?」

…ってゆうか、何で俺のとこ現れるんだか!上いけよ、上!

「必死に聖域に戻ってきたってのに、可愛い後輩は茶菓子も出さずに無視するしな。はあ、サガがちっちゃいお前を連れて聖域に来た当時が懐かしいよ。シュラだったら、あたたかい紅茶とお菓子をだすだろうな」

徹底無視を決め込むデスマスクに飽きてか、ようやくのろのろと死人が立ち上がる。なるべく視界の中にそれをいれぬよう、料理に没頭しかけていた彼が、だから気づいたのは事が終わった後であった。

「…………おい、なにしてんだよ、あんた」
「お、やっと話す気になったか」
「そうじゃなくて、………っ、やめろよ!」

死人から奪ったのは、部屋の隅にひっそりと置かれていた彼が唯一つだけ持つ写真立てだった。翡翠の瞳がきょとんとしてデスマスクを見ている。

「…あると、苦しいだろ?いいんだよ、俺は。用が済めば、すぐいく」
「……あんたは…いつも勝手だよな…!今回の事といい…。わかんねぇよ。どうしてそうやってすぐに捨てようとするんだ?!」

写真立ての中に写っている人数は4人。双子座と山羊、蟹、魚座。数年前の聖域。だが、その写真には本来5人写っているはずだった。双子座の横に、射手座が。
なのに、今、死人がその部分を一撫ですると、まるで最初からそこにいなかったかのように人物が一人消えたのだ。最初から、射手座という人がいなかったかのように。

「捨てる?」
「そうだろ?!あんたはいつだって誰も何も選ばない。たくさんの祝福や贈り物の中から、でも一人も選ばない。そうだよ、英雄は万人の為に在るべきであって、誰か一人の為に生きるのは英雄とは呼ばない。…あいつが、そう云ってた!あいつが!そうやってあんたは、自分自身すら簡単に捨てられるんだ!俺達の事なんかもっと簡単に!」
「…待って、落ち着け。落ち着いてくれ、デスマスク」

宥めようと、死人の冷たい指先が触れてこようとしたがデスマスクは厭わしげに払った。もう以前の温もりすら知らない体。もう、二度と、戻らない。

「どうして、なんで、捨てたんだよ!あんたなら、どうにか出来たはずだろ!なんでっ、なんで!!俺達を置いていったんだ!「英雄」!!サガは…、あいつはっ…」

ふわりと、懐かしい匂いに包まれた。あるはずのない感触に抱かれながら、デスマスクはこぼれ落ちそうになった涙を乱暴に拭った。こんな処で泣いて、たまるか。
感触を感じるのは、デスマスクが誰よりも冥界の磁場に近いからだ。黄泉路へ通じてるからだ。…だから、この男はデスマスクの元に来たのだ。

「………サガのもとへ、連れていってくれないか」





「可哀想に」という呟きが聞こえたのか、アイオロスがちょっとだけ眦をさげた。苦笑とも自嘲ともつかない何とも情けない表情で。

「どうせ、あんたは全部捨てる事になるぜ」

贈り物を、ではなく。
翡翠の瞳の少年は、ただ静かに口の端をゆがめた。






満天の星空がどこまでもどこまでも続く。寝付きの悪い魚座の候補生の為に、先輩2人が寝物語にと、星座の話をしてくれたのは、そんなに遠い昔の話でもない。いつだって、手をのばせば、全てが其処に在った。
12宮の頂上にいる人の場所まで、デスマスクと死人は黙々と進んだ。蟹座の傍を離れたら、死人はすぐにでもあの世に帰ってしまうだろう。女神を守るという大役を終え、屍となった「英雄」は、今たった一人の為に、その人のもとへ行こうとしている。
殺すわけないと、
盲目的に信じてしまうのは、あまりにも幼い頃から2人の傍にいたせいだ。

「─────サガだ、」

死人が呟く。まだ双魚宮も越えてないのにと思ったが、此処がどの宮だかすぐに思い当たる。人馬宮を見上げ、たたずむ美しい人。風になびく金糸がどこまでも美しい。

その金糸に誘われるように、死人が動き出す。ゆっくりとゆっくりと近付いて、そのヒトの前に立った。けっして、生者の目に映る事はないが。美しい顔は涙で汚れ(それでも美しさは損なわれる事はなく)、蒼い瞳は枯れない涙をこぼしながら、ただひたすら人馬宮からみえる星を目で追っていた。「涙が、星のようだね」と死人がそっと呟く。「生きてる頃に、一度でも泣いてくれれば良かったのに。これじゃあ、何もできない」

両の眦にたまる涙へそれぞれ唇を寄せながらささやく。
ささやいて、微笑んで、最後にサガの額に口づけを贈った。最後の、祝福を。

「 ずっと、君の傍に。俺の全てを、君に。君だけに 」

名前から、体のそれこそ爪の先まで。全て。永遠を、捧げよう。
ありったけの全てを、君に。


そうして、風の中に、「英雄」であった男は消えていった。




再び自宮に帰ったデスマスクがテーブルの上をみると、飲みかけの紅茶と、その傍に4人だけが写された写真が残されていた。

(本当に、ぜんぶ、捨てやがった)

上の方からまた、子守唄に似た鎮魂歌がきこえてきた。




あなたはここにいたのに (061126)