「不用意に手をだすなと云った」
「でも、彼は手がさしのべられるのを待っていた」
「騙されたんだ、お前は。アレは、そういうフリをして、お前をただ闇の底に引きずりこもうとしているだけだ」
「それでも、」
「お前には無理だ。お前が空高く飛ぶ鳥だとしたら、アレは海中深く泳ぐ魚だ。深海でしか生きられない魚と同じだ。判るか?たとえお前といえど、あの深き海から引きずりだす事など出来ない。だせたとしても、アレは純な空気を吸った途端、眩しい陽にあたった途端、死に絶える。そういう生き物なのだ」
「………深海の魚ですか」
「地中深く埋もれるモグラでも良いぞ」
「教皇、オレは…」
「それでも未だ、アレに手をさしのべるのか?お前のその行為など、アレにとっては苦痛以外の何物でもないというのに」

「…教皇、それでもオレは、もう…彼の手を離せないんです…」
「………………」
「……離したく、ない…」

「では、お前はアレによって深き暗き陰湿な海の中に引きずり込まれ、死ぬが良い」


引きずり出すか、引きずり込むか、
もうその手が離せないというのなら、そのどちらかしか道はない。


どちらを選んだとしても、どちらかが死ぬ事にはかわりない。





096. 深海魚