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その瞬間、教皇と、眼があった。 それは、刹那の一瞬。 銀の月の下、教皇の綺麗な金髪が揺れる。 「死ねっ!教皇!!」 金の髪が揺れる、その後を追う様に、銀の刃が振りおろされた。 空気を切る音。金属の鳴く音。 気付けば、金の髪の教皇のまわりを、漆黒の聖衣をまとった人物達が囲んでいた。 聖域をわずかに外れた深い木々の中、月の見える闇の中、で。 多勢に無勢。その上、聖闘士にはあるまじき武器を、取り囲む者達はもっている。 自分はただ震えて、教皇を見つめる事しかできない。 でも、───当の教皇は、焦ったふうもない…落ち着いている様にも見えた。 ………ただ、表情のないようにも見えた…。 無関心とも思える様な表情で、 …ともすれば冷たいとも思える瞳が、漆黒の男達を見やる。 「…暗黒聖闘士か、」 「ふん、教皇といえど、齢200を越えたジジィ。…女神が不在の今、お前さえ消えれば、聖域も終わる。我らのものとなるのだっ!」 云うとともに、一斉に一人の人物にむかって漆黒の男達が太刀を振り上げた。 煌めく幾つもの刃の閃き。 頭上の銀の月の光よりも禍々しいソレに、思わず眼をつむった瞬間…。 「バァーカ、まだオレ達がいんだろが」 嘲笑う声とともに───更なる一閃が、闇夜を駆けた。 一瞬に、して。 一瞬にして、その場にいた漆黒の男達が地に伏した。 常人の目には何が起こったのか判らない、光程に等しい一瞬の事。 血一滴流す事もなく伏した男達のかわりに、 教皇の横にたたずんでいたのは、銀髪の男。 まとうのは、眩い黄金の聖衣だった。 「………遅いな、」 「勝手に抜け出したのは、あんただろが。ったく、探す身にもなれってんだ」 どうにもできず、ただ会話を交わす二人を呆然と見ていたら、銀髪の男がこちらにようやく気付く。 一瞬、眼を丸くした後、教皇の方へと向き直った。 「…アレ、どうしたんだ?」 「知らん。気付けば、そこにいた。大方、森の磁場に囚われていたのだろう。 …お前が、送ってやれ」 「………それが、教皇さまのお言葉かぁ?…」 「私より、お前の方が専門だろ」 「へいへい」 仕方なさ気に頷く銀髪の男を置いて、教皇は一人静かに立ち去っていった。 彼の背で、金の髪が揺れる。 ああ、本当に、綺麗だ、と思った。 …そう思っている合間に、目の前にあの銀髪のヒトが立っている。 「お前、自分の立場、判ってるよな?」 「…うん」 「じゃあ、オレが特別大サービスで送ってやっから、 大人しく穴に入ってこい。判ったな」 「………うん」 云うとともに、男の指が宙に円を描く。金の、光る輪を。 体が、ビクンと大きく震えた。 「あ、待って!一つだけ、教えてっ…!」 「…あー、んだよ?」 「村の牧師様がいつも云ってた。神さまはとても穏やかで慈悲あふれるお顔をしているって!教皇さまって、神様にもっとも近い位置にいる御方なんでしょう?」 「…………それが?」 「じゃあ、どうして、あんなに苦しそうなお顔をしているの?」 苦しみに満ちた…後悔に満ちた、昏い色を宿す瞳だった。 瞳があったのはほんの一瞬。 だけど、その色の深さを、確かに自分は見たのだ。 「……なんで、あんなに悲しそうなの?」 銀髪の男はわずかに眼を瞠った後────でも、ふっと笑った。 どうしょうもないといったふうに、笑った。 「それは、秘密だな。トップシークレットってやつだ」 たとえ、これから死に行く者にでさえ、教えられない大切な大切な秘密。 だって、全ての諸悪の根元こそが、あの世にいるのだから。 「教皇」は、だから口を閉ざす。 きっと、死ぬまで云わないだろう。真実を。 死んでも、きっと、云わないだろう。真実を。 だから、オレ達が云えるわけない。 何を想って、彼があんな顔をする様になるのかを。 「………秘密なの…」 「ああ。まぁ、とりあえず、あの世ついたら、アイツによろしく云っといてくれや。 どうも、でっかな置き土産ありがとな、って」 「………???」 「────ほら、さっさと行かないと、本当に迷うぞ」 背中を、一押しされ────体が穴の中へと吸い込まれていく。 吸い込まれて行く中、導いてくれる男へ、手を振ってやれば、彼はにやりと笑った。 「なぁ、そっちは心地良いか?」 答えようと思った声は、でも、もう全て、 あの暗き深い闇の穴にへと吸い込まれていくだけだった。 デスマスクは、子供の魂が冥府に還るのをただ見守った。 085. シークレット |