ヒトより体温の高い自分の掌が嫌いだった頃がある。


「温かくて、良いと思う。私は、好きだぞ」
親友のこの一言によって、すっかり気にしなくなってしまったけれど。


そんな事を忘れた今頃、改めて思い知らされた。
────(君より、温かな掌の存在に)


「………カミュ、」

何となく判っていた。こんな日がいつか来るだろう。それは聖闘士なら当たり前だ。誰でもない、聖闘士として死んでしまったあの射手座の少年がいつかに告げていた。

ひんやりとした小宇宙の名残が未だ漂う空間に、赤い髪を千歳に散らして倒れている男がいる。相変わらずの綺麗な顔は、雪のように白い。いつも白いから、判らない。
後ろから静かに近づき、でも宮に入る一歩手前でためらうように立ち止まった少年が名を呼んできた。

「…ミロ」
「顔色がいつもと変わらないから判らない」

告げて落ちた言葉に、金髪の少年は眉根をひそめる。ひそめて、それでもいつもの無表情を崩さぬまま静かに告げた。

「触れれば判る。シベリアの地よりも冷たいんだ」

その名を口にするだけで、胸中に温かくも切ない思いが広がる。瞼裏に一瞬思い起こされたあの頃は、冷たく厳しい大地の上でそれでも温かく居心地良いと思わせる場所であった。
居心地の良い場所にいた赤毛のかのヒトは今宮の中央で伏し、その前にたたずむ金色の長髪の男はそのヒトを飽きもせずずっと眺めていた。

「…シベリアか。結局、一度も行けなかったな」

男は小さく笑って告げる。
男にシベリアの事を教えようかとも思ったが、別に男は知りたいわけではないのだと気付き、やめた。かのヒトのような、美しい地だった。

「…………触れられないんだ」

しばらくして、男が告げた。
唐突なように思えたその言葉に少年がいぶかしむ前に、次の言葉を紡ぐ。

「あいつは俺よりも誰よりも冷たい体温してたから…俺みたいな高体温の奴が触れたらすぐに溶けて消えちゃうんじゃないかって………怖くて触れられなかった」

ずっと、ずっと、昔に。互いに未だ幼くて。莫迦な自分は、作り物のように綺麗な彼をみて、触れたらすぐ溶けてしまう雪のように思っていた。
雪は、あたたかなヒトの体温に触れるとすぐに消えてしまう。
何故雪は、そんなさびしい最後しかたどれなかったのだろう。

「触れるのが怖くて、自分の体温が嫌になって……でも、アイツがああいうから……だから。なのに」

今だって、本当は未だに怖いんだ。

「どうせアイツよりも温かいのなら、アイツに少しでも分け与えられればよかったのに」

それすら出来なかった。
いくら触れても冷たいままで、逆にこの自分の体温が彼を蝕んでしまうのではと思った。
ずっと、ずっと、怯えてた。内心では、ずっと。

お前は、痛みなんか麻痺して判らないというような顔をして、誰にも何もいわず、いつも全てを溜め込んでいくから。溜め込んで、溜め込んで、そうやって、俺を置いていくんだ。いつだって。
最後には、雪のように寂しく消え去ってしまうから。涙だけを残して。
判ってた。ずっと。いつかこんな日が、────…。

「……いつかに師が云っていました。自分の手は冷たく、お前達を抱きしめるやり方さえ判らない。けど…親友の手はとても温かく…自然にヒトに抱きついてくる奴だ。私はそういう奴になりたかったと…」

自分達は、その冷たい手で満足していた。不器用なりの優しさに気付いた。
告げる少年の言葉に、男は振り向かないまま小さく告げた。

「俺は、お前に気安く触れられる冷たい手のが良かったよ」

呟いて、そして膝をつき、ようやく赤毛のヒトの頬に触れる。
温かな体温だから余計に判るその落差。
…ああ、そう…死んでいるんだと。
理解するのが嫌で、でも理解しなければ此処から何処にもいけないんだと判る。
いっそ、雪のように触れたら儚く消えてしまえば良かったのにと、…思った。

「………ミロ、」
「みんなの処へ、行かねばなるまい」

背負った重みに、一瞬だけ眉をひそめた。
きっと自分はこの重みを一生忘れないのだろう。
雪のように儚く消えなかった彼の、この生きていた重みを。
生きていた頃、自分は確かにこの体温の低い者におそるおそると触れていたのだ。
君は、知らないまま勝手に逝ってしまったけれど。

そのまま行こうとした男に、金髪の少年がようやく近寄り…無言で白い花を渡した。

「シベリアで、また逢いましょう」

赤毛の彼に云ったのか、金髪の男に云ったのかは判らなかった。ただ、男も無言で受け取り、宮をでて、皆の待つ上にむかった。

背にかかえる重みを確かめるように一段一段をゆっくりと昇って。




078. コンプレックス (050108)
リクエスト頂いたミロカミュです…遅くなりました……。「白い花」の前。