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「何処か、遠くに逃げてしまおう」 他ならぬこの少年から云われるとは思ってもみなかった言葉に、少しばかりサガも驚く。驚くといっても、死んだように真っ青で呆けた顔にわずかばかり唇が震えた程度だ。手も足も体も全部が、今は熱が奪われたかのように冷たかった。ずっと夜風にあたっていたからではない。それだけではないと目の前の少年は彼の手を握りながらそう思った。 「教皇も、女神もいないんだ。俺達二人なら、この『監獄』から抜け出せる。外の世界へ逃げられるんだ」 もっと、もっと、自由に生きられる世界へ。 「デスマスク…、」 「こんな莫迦げた処にいるから駄目になるんだ!逃げろ!逃げちまえ!」 血まみれのサガの手を握り締めながら、少年がそう叫んだ。あたり一帯に広がった血が誰のものか考えるのを避けながら。震えそうになる自分の指を叱咤しながら。 「あんたならもっと早くに一人で逃げられたはずだ!」 何故、逃げなかった。何故…。 ───こんなになるまで此処にいたのか。 「………お前らしくないな」 「らしいって何だよ。らしいって……何なんだ。じゃあ、あんたは何だったんだ。あんたは何に此処まで追いつめられていたんだよ!教皇か?女神か?他の奴らの目か?それとも……」 「デスマスク、鳥が飛んでいくよ」 あまりにも穏やかなその声に、デスマスクは顔をあげ彼をみた。彼はでも、遠くの空を見ている。明けゆく紫帯びる空に、一羽の鳥がデスマスクにも見えた。 「ほら、飛び立ってしまった」 もう、此処には戻らない。何処にも、戻れない。 翼をもつ鳥は生まれながら飛び立つ事をさだめられている。何処にも留まれない。 「…………私は聖域で生まれたのだ。此処以外の地で生きられるわけない。あの鳥のように…生まれた時から此処に縛り付けられる運命だったのだ」 「こうなるのも決まっていたと…?」 「私は此処から逃げられないし、逃げない」 「好きでもないくせに」 「好きだよ。今では愛している。だって、彼はもう永遠に此処で生きるのだから」 翼を手折られた鳥が、此処に眠っているのだから。 未来永劫。その先までずっと。 デスマスクははなれた処で倒れているものを見つけた。生まれたばかりの陽が、それを照らしていた。曖昧に誤魔化す事を許さず、見せつけてくる。血まみれの、主。彼はこのまま此処で大地や草花の苗床となり自然に溶けていってしまうのだろうか。そして、彼の溶けた地でサガは生き続けるのだろうか。狂い続けたまま。 「……………なんで、お前だったんだ」 呟かれた言葉に、サガは薄く笑うだけ。 「どうして……、あいつは……サガを連れて逃げなかったんだ……」 彼ならできたはずだった。 何処で狂ってしまったのだろう。何処から戻れなくなってしまったんだろう。 「……泣いているのか、デスマスク」 「泣いて、ねえ」 だから、そんな無表情な顔でこちらを見ないで欲しい。 鬱ろんだ死んだ瞳が気持ち悪い。 抱きしめてくるいつもと変わらぬ温もりが余計に悲しくて、今度こそ涙がでた。あふれて、止まらない。 鳥は飛んでいってしまった。もう此処には戻らない。 遠くにいってしまった大切な者達を想って、デスマスクはその瞬間確かに泣いていた。 076. 喪失 (050207) 自己満足でした… |