目の前で、彼の長く綺麗な髪が風により さらりと舞った。
さらさらと揺れる髪を見つめながら、ふと思う。

今、此処を吹き抜ける風は、一体何処まで行くのだろうと。

答えなんか判らぬままに、その風は何処かに消え去った。
伝えきれない言葉とともに。

「────サガ、」
「……なんだ」

階段を、一人先に降りてゆく彼に告げる。
彼は振り向かないまま応えてくれた。

でも、二人の距離は埋まらない。
手をのばせば届きそうな程の距離。だけれど、確かに空かれた二人の隙間。
彼の長い髪の毛先でさえ、こちらに届くか否かのところ。
教皇の間を出てから、ずっとそうだった。

拒絶。

それが、どうしょうもなくて。

「……サガ…」

そう、名を呟く事しかできなくなる。

「だから、何だと訊いている」

少し苛立った様な声音を聴いて、更にどうしていいか判らなくなった。彼だから。彼だからこそ、どうすれば良いのか判らなくなった。考えるよりも先に、泣きたくなった。
(何故、泣く?)

「サガは、」

訊いてしまえば、きっと戻れなくなる。
判っていながら、でももう、戻れない。

「サガは、俺の事をどう思っているんだ?」

あの日は、もう遠い。
それが、大人になるという事なら、とても残酷だ。
子供のままでいたいのに、いられない。否応なしに。
現実だけが、ただ近付く。

彼の答える言葉が、好きだの嫌いだのそんな他愛のないものなら良かったのに。

「───私が、」

彼が髪を大きくゆらして振り向く。綺麗な髪が陽光を反射して煌めく。
彼が。笑う。

「殺したい程、憎いと云ったらどうするんだ?」

ああ、なんて綺麗な笑みだろうか。

「死んでみるか?」
「それでも、」

此処は、何処だろう。
ひどく、遠くに来てしまった気分だ。此処は。

「それでも、俺はサガの事が好きだと云うよ」

(それでもこの気持ちが変わらないから、泣くんだ)

風が吹く間に、彼の笑みが一瞬くずれる。その一瞬だけを、見た。
そして、だから、アイオロスも笑った。
どんな顔をすればいいのかさえ、判らない。


風が、吹く。
今日、此処に吹いた風は、明日もまた此処に同じように吹く事もなければ、帰ってくる事もない。
────全て、そんなようなものだったのだといつか判る日が来るのだろうか。




067. つくり笑い (041008)