綺麗な綺麗な桜の木の下。
その下で、眠っている佳人をアイオロスは見つけた。


「珍しいな。サガがこんな処で寝てるなんて」

読みかけであろう本を傍に、眠り続けているのはサガ。
彼はまだアイオロスが傍にきて、顔をのぞきこんでいるというコトに気付いていない。
ああ、本当に珍しいなぁとアイオロスは思った。
きっと、それ程彼は疲れているのだとも思った。

「おーい、こんな処で寝ると風邪ひくぞー」

軽く揺すってみたが、サガが何事かをうめいただけで、起きる気配はない。
普段なかなかお目にかかれない寝顔を見つめながら、苦笑気味に溜め息をはいた。

ふとその時、寝ている彼の眉間にわずかに皺が寄っている事に気付く。
よくよく見やれば、寝顔自体、あまり穏やかそうに見えなかった。
悪い夢でも見ているのか、どこか苦しそうだ。

「サガ…?」

それでも起きない、でも悪夢に身を浸す少年を見つめながら、アイオロスは一つ瞬きした後、ふ…と微笑んだ。


「…じゃあ、サガが起きるまで傍にいよう」

一人で見る悪夢は怖いけど、二人で見る悪夢はきっと怖くないから。
(夢を見ている時でさえ、君が苦しまない様に。)

そんなアイオロスの頭上では、桜が綺麗に舞い散っていく。
綺麗で、とても穏やかな、その一瞬。



***



手が離せなくて、正直困った。

それは別に、愛おしいからとか…そういうワケではない。
強く掴まれていて、離せないだけのなのだ。

「…何をしているんだ、コイツは……」

無防備に、安心しきって眠る少年。
普段笑顔を絶やさぬ彼は、眠っている時も穏やかそうな顔をしていた。
──もう一人の次期教皇候補である少年が今…自分の横で眠っている。
いつのまにか、自分の手を握りしめながら。

「このまま寝首をとられるとは考えないのか、コイツは」

いや、何より、未だ、気付いていないのか。
今、サガの眼が妖しく紅く輝いている事に、未だ。
こんなに、傍に在ったのに。

「……底なしの間抜けだな、お前は」

私は、お前が憎いのに…。

開いている方の手が、ふと…眠り続ける少年の首にへとのびた。
ほどよく陽に灼けた首。
両の手でしめれば、きっと折れてしまうだろう。
否。折れてしまえ。
…こんな奴、消すコトぐらい簡単だ。
お前さえ消えれば、全てすむのだから。

────その瞬間、風が吹かなければ…。

「……サガ…」

少年が、そんな寝言、吐かなければ。

首にのばしていた手は…でも、そのわきをそれ、明るい焦茶の髪に触れた。
そして、その髪にからまっていた薄紅色の花弁を二本の指でつまみあげ、
取り除いてやる。
とった花弁は、風にのり、何処かに消えた。

「…アイオロス……もうそろそろ、起きてくれ」

声がやけに震えていた。
……どうにかなってしまいそうだった。

(私は、憎まなければいけないのに……)
(なのに……お前は……)


つないでくる手が、ただ温かすぎて、泣きそうになった。



064. つないだ手
桜の下で見る夢は、桜が散れば覚めるのだろうか。