たとえば、出逢ったその瞬間からすでに呪いは始まっていたのかもしれない。
今になってふと、そんな事を思った。







「何故、戻ってきたんだ」

告げられた言葉に、サガは今更と笑った。
笑おうと思ったが上手く笑えず、口からぼたりと血反吐が落ちていく。
そんな姿をみて、ミロが眉をひそめた。そこまでしてでも女神の首が欲しいのかと。もう自分一人で歩く事もままならないこの体は、先程それでも一人立ち上がって首をとりにいこうとしていた。ボロボロのその体を抱えている蠍座の男は、判らないと呟く。

「一度罪に身を浸せば、落ちる処まで落ちられるものなのか」
「落ちていったわけではない、あがいてあがきまくった果てがこれだ」
「随分な果てだな」
「そうでもないさ」

果てが此処で良かったと、今はそう思う。

「判らないな。貴様らの考えも、女神のお心も」

告げて、ミロはまたこの役に立たない体を支えながら一段あがる。一段、一段。長い石段を登ってゆく。最上階で待つ女神のもとへ。
沙羅の花をみて、女神は何を想ったのだろう。
こめかみから落ちていった血が、ぼたりと石段に赤い花びらを残していった。傷は体のいたる処にあり、血は止まらないから、処女宮からこの血の点はずっと続いている。一歩一歩進み、歩いた後に残してゆく紅の花。
─────まるで、罪人の証だと思って、笑う。

…キリストは、13の階段をのぼって処刑場にたどり着いたというが……罪人は何処に辿り着くのだろうか。蘇りなんてありえない。もっともっと深くに沈んでいけばいい。

「逃げたのかと思っていた」

ぽつりとミロがもらした言葉に、サガはそうかもしれないなと返した。自害した事を思い出していたが、そうではないと告げられる。

「13年前、本当は…アイオロスは……あんたと一緒に逃げ出したのかと思っていた」

予想外の言葉だった、それは。サガはミロを見たが、彼は真っ直ぐ上だけを見つめていた。女神の待つ上を。サガも見たが、ぼやけて星空しか判らない。

「あんたは時々息苦しそうにしてたから、それで良かったのかもしれないって…未だよく判ってない頃はそうカミュと話してた。アイオロスと一緒だったら……誰の手も届かない地へ逃げていけたのかもしれない……くだらない考えだった」
「…………期待を裏切ったな」
「何故、逃げなかったんだ」

何故、逃げなかったんだろうな。
問われると判らなくなる。何か明確な理由をもっていたきもするし、逃げるという選択肢が思いつかなかっただけかもしれない。もし…逃げられていたのならば今頃自分は何をしていたんだろう。こうして罪を引きずりながら、この階段を登る事はなかったかもしれない。
幼い頃、何度も彼と駆けたこの階段を。

「………彼が、いたから……」
「……………」
「意地になっていただけかもな。彼がいたから、彼がいつも真っ直ぐと私の前に立つから…だから、逃げたくはなかったんだ………その結果が、あれだがな。彼と一緒に逃げる未来だけはありえなかった」
「その後からでも一人で…」
「聖闘士のお前がそう云うのか」
「…………聖闘士の心構えを教えてくれたのはあんただったな」

全て、遠い昔のようだ。
星空の美しさも、12宮の風景も、空の青さも何も変わっていないというのに。

「じゃあ、何で、戻ってきた」
「……だから、」
「どうしてまた逃げずに、この地に戻ってきたんだ?」

問う青年に、サガは力無く笑った。あの頃のように微笑もうとおもったが上手くいかない。あの頃、元気にはねまわり明るい太陽にように笑っていた子供がもういないように、それを見守っていた双子座ももういないのだ。

「優しいな、お前達は」
「俺は」
「私は狡いよ。……彼に逢いたかっただけなんだ」

此処は、彼が残したただ一つの世界だから。

ミロの足が止まる。後ろをついてきていたムウ達もだから止まってしまう。非難の声をあげようとしたアイオリアはでも、それをみて思わずやめた。シュラ達も顔をあげる。
サガはただ真っ直ぐとその宮を眼に焼き付けた。

「……………此処を通るのは、13年ぶりだ」

目の前には、主人不在の人馬宮。
気を抜けば懐かしい気配に囚われそうな程、此処は…大切な場所だった。触れてはいけない聖地のような気がしていた。聖域なんて名ばかりの場所で、でも此処だけが聖地だと13年間ずっとそう思っていた。だってまだ、此処にはありえないはずなのに「彼」の小宇宙の名残を感じるから。

13年間ずっと避け続けてきた最後の聖地。
下に降りる時はわざわざ別ルートを使ってまでして避けてきた。

「罪を背負ってでも、通りたかったか」
「…そうでもしなければ、通れなかった」

一歩、一歩踏みしめるようにその宮へと入った。
その度に、罪で汚れた血の花が散っていく。


自業自得だ、と今はそう思う。
だって、他の誰でもない彼が自分をこの地に縛っていったのだから。逃げ出す事のないよう。傲慢なまでに。
あの瞬間、彼は選んだのだ。サガを生かす道を。
そうして、このサガの生きる世界だけを彼は残して一人逃げてしまったのだ。サガが切望した聖域の外へ。
サガは逃げ出さぬよう、彼の死という楔に縫い止めて。
忘れるなと、呪いをかけたのだあの瞬間。
だから、13年間、闇に完全に支配される事なくサガはこの世界にあり続けた。彼のかけた最後で最大の呪いのせいだ。────それが、彼の罪。

……だから、これぐらいは良いだろう?

赤い罪の花が咲いては散っていく。それが13年間サガの歩いた跡でもあった。
もうすぐ出口だ。愛おしくも憎い聖地の。

「……さよなら、私の愛おしい光」


また、いつか逢う日まで…忘れないよ。




051. 罪 (050210)