きっと、いるのだろうあの男が、自分の予想通り確かにその「世界」に居て、そしてきっと自分を見ればあの見慣れた笑顔で手を振ってくるのだろうとも思っていた。

(ほら、やっぱり、俺の思ったとおりだ。)

何を、皆は恐れていたのか。彼は憎らしい程そういう存在なのだと、だから殺そうとしたのではないのかと何度問いかけたくなった事か。…もう、今更なのだが。

「…やっぱり、お前が一番最初に来るんだと思っていたよ。」
「何だ、そりゃ。俺が一番弱いって事か?」
「いや、そういうわけじゃない意味でさ。デスマスク。」

彼は憎らしい程、そういう存在なのだ。







白とも黒とも、ましてや灰色でもないその空間で、適当に腰掛けながら、デスマスクは何もないはずの空間の壁らしき部分に映し出される映像をみた。それは、飽きる程みた場所であり、もう見る事のできない場所でもあった。

「で?此処がいわゆる『地獄』ってヤツなのかよ。」
「まあ、死んだからそういう事になるかな。」

死んだ瞬間というものを大して明確には覚えてはいないが、青銅との闘いで敗れたのは覚えている。きっと、そのまま死んだのだろう。
あっさりと…まるで他人事のようにデスマスクはそう結論付け、現世の状況をみる事にした。横のこの男が此処でぼんやりソレを見ているのだから、きっとそれ以外する事がない世界なのだろう。(ああ、そう。こいつが酷いくらいにあのころのままの奴だから、まるで此処が現実味を帯びていないのだろう。凄く冷静だ)此処は地獄であって、自分の知る地獄ではないのかもしれない。その中間地点、狭間。だから、現世の状況が、狭間の間から見えている。


次々と、十二の宮が落ちていく。ある者は留まり、ある者は退き、ある者は闘い、死んだ。そして、青銅達は、ためらう事なく進んでいった。昔、誰かが云っていた。明日の事ばかり考えている人間の一日は短いけれど、今日の事だけを考え生きる人間の一日は長いのだと。前者が子供で、後者が大人だ。つまりは、彼らは信じているのだ。明日を、未来を。


「お前は、ずっと、ここからこうして見ていたのか?」
「よく判らない。気付いたら、此処にいた。曖昧な世界だ。たとえ、最初から全て視ていたとしても、次の瞬間にはソレを忘れる。此処は時間もないし、だから記憶もない。」
「じゃあ、今、お前は何処まで判っているんだ?」

相手の目を見ないまま告げれば、男がこちらを向いた。
わずかに眼を細めて、問い返してくる。

「…何を、俺から云わせたいんだ?」
「別に、何も?俺は莫迦ですから、難しい事は云えません。そんままの意味さ」
「……………」
「ほら、観ろ。死にそうな顔している奴がいるぜ」

未だ、拳一つ握っていないうちから。

「デスマスク、」
「お前がつくったんだ。あの現状を。ありがとよ。傍迷惑な遺産を。おかげでシュラの胃に穴空きそうだったぜ」

その彼も、今、逝った。来る。
幾つも次元に出来るゆがみの中、そこに映し出されていく世界。終わり行く世界。
再生へと向かい…。
いろんな人物を映し出すそこの中の一つには、矢張り「彼」もいて。

「彼が、────」

ぽつりと。また、落ちては浮かぶ波紋の様に。

「彼が、生きていればそれでいいと……。あの時はそうとしか思えなかったんだ」

そこが、罪の始まりなら…それは多分とても切ないものだった。
甘く、切なく、狂おしく、どうしようもなくて、泣く事すらできない。
あれが運命という名のものだったのならば、まるで恋の始まりにも思えた。

「そして、今はもう、此処から見守る事しかできないってか?」
「………そう、なっているな…」
「姿を現す事もできた。一瞬でも良かったはずだ。幻だとしても」
「苦しめるだろう。逢えるわけない」

もう、出逢ってはいけないのだ。判っているのだろう。
うつむいて、目元を隠したままそう告げてくる。だから、笑った。

「逢いたいくせに」

相手がどう思おうと。たとえ、苦しもうと。
あの日のように、全てを運命という名に飾り付けて。

「ばかばかしい。だから、お前は人間じゃねぇんだよ」
「───え、」
「『英雄』なんていう莫迦げた存在になっちまうんだ」

運命なんて、言葉はいらなくて。

「デスマスク、何処へ…」

立ち上がり、去ろうとする男へ問う。

「俺はお前と違ってやせ我慢できねぇんだよ。寝たい時は寝るし、食べたい時は食べる。逢いたいときは、逢う」

デスマスクが、にっと笑って。

「そろそろ来る頃だろ?あいつらを迎えに行く」

星となり、花となり散った同胞のもとへ。
そして、洗礼の光を浴びた「彼」もまた。

さぁ、お前はどうする?

「……意地悪だな」
「お前は性悪だと思うぜ」
「どこが、」
「泣かせた。お前の為だけにアレは涙を流していた」

緑の瞳が、真っ直ぐと…静かにデスマスクを見つめた。

「視ているだけじゃ、あいつの涙はとめられない」

綺麗な、綺麗な、その軌跡を。

「………少し見ない間に、やけにお節介になったじゃないか」
「云ったろ?同僚の胃に穴、空けたくねぇんだわ」

デスマスクの言葉に、アイオロスは苦笑をした。随分、迷惑をかけてしまったと。
視界の端には、最期の「彼」の姿が見える。最初から、判っていた。
「彼」がその選択をする事を。あの運命という名に彩られた日から、ずっと。
運命なんて、何処にもなかったのに。
ずっとそんな事ばかりに囚われていた。

(あるとすれば、それは俺にとっての君であったというのに)


「おい、行くのか?行かないのか?どっちだよ」

問う声に、答える言葉はもう一つ限り。
此処から。この境を越えて。「彼」のもとへ。




050. 境界 (1008)
境の世界って事で。蟹、別人。