『サガのばっかやろぉぉぉぉーーーーー!!!!』


静かな夜を一瞬にして破り捨ててしまった大音量の「騒音」にさしもの英雄も誤って自分のベッドから落ちる事となった。ただの大絶叫なら良いのだが、頭に直接響いてしまう小宇宙での叫びだから質が悪い。打ち所が悪かった頭をなでながら、寝ぼけ眼で顔をあげた。12宮全体に響き渡っているだろうからミロやシャカ…おまけに麻呂の御大も後が恐ろしいだろうなと呟く。その近所迷惑の声の主が大方誰だか判るだけに、流石は「彼」の半身だとアイオロスは呑気にそうも思っていた。
更に質が悪い、というか…光速で12宮をあがってくる傍迷惑な小宇宙を感じ取り、溜め息をついた。彼の事だ。真っ先に教皇の処、ではないだろう。

思った次の瞬間、寝室の扉が乱暴に開かれた。

「サガは来てないかよ、この莫迦!」
「一言余計なんですけど、」
「サガが消えた!!」
「その様子じゃそうなんだろうね」
「俺が寝る前までは、いつもみたいに寝息も立てずに寝っぱなしだったんだ。女神も未だ目覚めの兆候を感じられないと……お前、何か知らないか?」
「何をと云われても」
「あああああああ!兄貴が云ってた通り、お前って本当にうぜぇ!!」

怒鳴って、カノンはアイオロスの胸ぐらを掴みかかる。ぐいぐいと押し迫る鬼気迫った形相に、でも対する男は平素と変わらない。

「というか、サガ…俺の事そんなふうに云ってたんだ」

うわー、それはちょっとショックかもしれない。
今現在の状況下にしてはあまりにも呑気なその言葉に、カノンの堪忍袋の緒がブチっときれた。(もうすでにキレかけたいたようなきもするが)

「だぁぁぁーーーーーーっ!!死ね、ウザ男!!ギャラク…」
「おぉい、待て、タンマだから、それは流石に」

キレたカノンを止めたのはアイオロス…ではなく、いつのまにか背後にたっていたデスマスクだった。カノンの組んだ手を両手で掴み、何とか技の発動を阻んでいる。

「おー、こわ。流石、サガの弟様だな」
「止めるなぁ!蟹!!この男だけは殺してやらなきゃ気がすまん!大体、てめぇその笑顔が気にくわねぇんだよ!」
「軽く差別だから、それ。生まれつきだから仕方ないって」
「ていうか、蟹とは何だ!蟹とは!」

「うろたえるな、小僧ども!!」

三つ巴が始まりかけたその後ろにまたいつのまにか麻呂の御大…もとい教皇が立っていた。更にその後ろには、シュラとアフロディーテがすました顔で立っていたが…投げ飛ばされた三人にはその事まで気づけなかった。


***


「まず、双子(仮)。未だ正式に聖域の住人になったわけではないが、そういう大事はまず私に知らせろ。そこの男は簡単に云えば役にたたん」
「…難しく云えば何なんだそれは。大体、(仮)はやめろよ」
「海龍でも良いがな。三文字はちと長くてめんどくさい」
「いや、おい!シードラゴンの方が普通に長いだろ。もうろくしてんじゃねぇ!」
「そいつをスニオン送りに」
「判った!判りました!申し訳ありませんでした!」
「ふう…話一つするのに時間がかかりすぎるわ。矢張り海の人間とはあわぬの。で?サガは未だ眠っているはずじゃなかったのか?」

本題を思い出し、ふてくされていたカノンは表情を変え教皇に迫った。

「トイレのついでにサガの部屋によったら、ベッドがもぬけの殻だったんだ」
「…いい年こいて、一人でトイレ行けねぇのかよ」
「黙れ、蟹味噌」

再び口論を始めそうになった二人を無視し、教皇がふうと溜め息をついて口を開く。

「他の者は皆目覚め約一月…何故今になって奴が目覚めたのか知らぬが……。何も云わず目覚めた挙げ句に逃げたか。…喜ぶべきではないな」
「…なっ!お前っ!」
「うろたえるな。判らぬか?拒まれているのはサガにとっての我らであり聖域だ」

私はむしろサガの目覚めを待っていた。

「………また、聖域の駒にするためにか?」
「好きなようにでも捉えればいい」

腹の底が見えない男に、カノンが眼を細めた。
その横で、この宮の主がようやく口を開く。

「私が迎えにいきましょう」

先程の寝ぼけ眼ではない、英雄として称えられた端正な面立ちの男がカノンの横にはいつのまにかいた。真面目になればこれ程の圧迫感がある男なのかと思う。じんわりと、でも確かにこの宮を包む小宇宙の雄大さ。鍛えられた逞しい体。そして、意思の強そうな、それでいて優しい真っ直ぐとした眼差し。

「お前は事をややこしくする男だから任せたくはないがな、」
「これ以上どうややこしくなると云うのです?」
「…それもそうだ。お前がまた殺されるか、それともアヤツが冥界に戻るか。どちらかだけだな」
「二人で手をつなぎながら帰ってくるという選択肢もあるのですが」
「好きにしろ」

全額お前に賭けてやろう。手をひらひらと振りながら教皇が投げやりに云えば、後ろに控えていた男達も口を出してきた。

「じゃあ、俺も。聖衣を賭けてやるよ」
「そういう事を云うからお前は裏切られるんだな。私も不本意だがアイオロスに全額、いや、祝福の薔薇でも用意しましょうか?」
「……俺も」
「おい、賭けにならねぇよ。そうだ、当事者の弟は?カノンはどうすんだよ」

何なんだこいつらは。これがサガのいた聖域なのだろうか。カノンは眉をひそめながらも「兄貴が死ぬと思う」と呟いた。万が一にも、二人で手を繋ぎながら…なんて事はありえないと思っていたからだ。

「ほぉ。んで、賭けるもんは」
「貧乏人にはちと可哀想だな。教皇である私が呈示してやろう。双子の弟が負けたら、お前は聖域の人間決定だ。文句は許さぬ」
「はぁ?ちょっと待てよ、おい…。大体、兄貴がこんな男なんかに……。それに、今、何処にいるかでさえ判らないのに………」
「大丈夫だよ」

男が告げた。揺るぎないその声に、カノン眉をひそめる。

「……13年前、捕まえられなかったのはお前だろう?」
「手厳しい」
「何も出来なかったくせにっ!」
「もう、逃げないよ。俺も、サガも。元より彼は、俺の前から逃げた事はなかったんだ。昔も…そして、今も。彼は逃げない。俺が此処にいる限り。彼は未だ聖域にいる」

真っ直ぐとした眼がカノンを見つめる。真っ直ぐと強い…。そらす事を許さないその色を見て、カノンは兄を想った。逃げられるわけない。13年間、だからずっと忘れきれなかったのだ。こんな瞳の男を、カノンは他に知らない。あまりにも真っ直ぐすぎた。

「………………お前なんかどうなってもいいから、兄貴を連れ帰ってこいよ。必ず」
「もちろん」


***


「さっきは、あんなにのらりくらりな態度とってたのに……」

去っていった翼の英雄を見つめながら、カノンがそうぼんやりと呟いた。

「それが、あいつの手だよ。いっつもそれで俺は負けるんだぜ」
「彼、ゲームじゃポーカーフェイスを気取っているからね」
「ポーカーで勝った事ねぇって俺」
「賭け事じゃ、教皇でさえ勝った事ないんでは?」
「莫迦いえ。五分五分だ」
「ほら!」
「……サガの事はゲームじゃねぇ…」

カノンがぼそりと云えば、四人がきょとんとしてこちらを見た。

「判ってるわ、そんな事」
「これがゲームだったら殺人級に恐ろしいね」
「大丈夫、あれは本気だ。命を賭けてまでするゲームは冗談じゃない」
「ま。莫迦な事には変わりないけどさ」

「…………もしかして、だからさっきの賭け、皆してアイオロスに賭けたのか……?」

「とーぜん。アイツが今度こそ逃すはずないね」
「主、先程の賭けを忘れるでないぞ」

──────負けたら、……こんなとんでもない世界の住人になるのだ…。

(……兄貴、どうかあんな野郎に捕まりませんように……出来れば殺してくれ…!)

カノンの悲痛なる願いが女神に届いたかどうか…それは夜が明ければ判る事。




047. ポーカーフェイス (050206)
「深淵+ドライフラワー」に続きます…。