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天高く、夜空に火の花が散る。 ─────その日、地上に女神が生誕された。 *** 夜だというのに、その日の聖域は賑やかだった。 12の宮全てに灯を灯し、その下の町や村も夜通し灯を炊き花を飾り、楽を奏でたりそれにあわせて踊るものもいた。子供も皆起きだし、はしゃぎながら円をつくる。灯や花や歌、舞いで、人々は祝っていた。火を灯す更に上、限られた者しか登れない遙か頂上にある神殿にて産声をあげた女神の為に。 声をあげよろこぶ下とは逆に、上…神殿内で行われる聖誕祭は至って静かなものだった。厳粛に、代々受け継がれてきた生誕の儀が教皇中心のもと黄金聖闘士達によって行われていた。 教皇の浪々とした声が、響く。その後ろで控える黄金聖闘士達はただ静かにその言葉を聞いていた。町からは、花火をあげる音がきこえる。あがっては、咲き、鮮やかにも散る花。花火に気をとられる事もなく教皇は神官から神鏡を受け取り、かかげる。式の締め、鏡によって(女神の小宇宙を介して)聖域の未来を占う儀だった。 形式的なものに過ぎないものだった。なのに。 鏡をかかげた瞬間、教皇の手の中でその銀は粉々に砕け散った。 同時に、夜空に咲く大輪の花が音をたてて散っていく。 思わず振り返った教皇が、仮面の下から見つめた人物は取り乱したふうもなく俯いたままの双子座の聖闘士だった。 *** 儀はそこで取りやめになった。黄金聖闘士は下に降り、人々とともに女神を祝福せよ(要は遊んで来いと云っているようなもので)と教皇の命が下る。 ようやく終わった開放感からと久々の自由な時間にまだ幼い聖闘士達がはしゃぎながら降りていった。射手座の少年も弟たちに勢いよく手をひかれいつのまにか一緒に下に辿り着くが、ふと気付く。 「………あれ、サガは?」 視線を辺りに漂わし、最終的に見つめたのは遙か高き神殿の方角だった。 割れた鏡の破片をシオンは手にとる。かかげた破片に、双子座の聖闘士の姿が映り込んだ。振り返る事もなく、教皇は鼻をふんと鳴らす。 「下に行けと云ったはずだが」 「私に、お咎めを」 「何の」 「お気づきでしょう。大切な鏡を割ってしまったのは私です」 頭をたれたまま、蒼の瞳がそう告げた。金の髪がさらりとなびく、風とともに聞こえてきたのは人々の楽しそうな声だった。 「何故、割った?」 「…どんな罰でも受けます」 よく響く声に、シオンはまた笑う。馬鹿馬鹿しいと思った。 「罰を受けるべきはお前ではない。お前の兄が、割ったのだ。私の眼が誤魔化せると思うな。割れる瞬間、確かにサガの小宇宙を感じた」 「…………」 「いつのまに入れ替わったのかは知らぬが……、サガは何処だ」 「恐れながら」 「何だ」 こめかみに手をあて、教皇は重く息を吐きながら許す。もう、この双子にはうんざりだ。ふと双子の片割れである少年を見やれば、少年は真っ直ぐとこちらを見つめてきていた(睨み付けているでも良い)。 こういう点でこの双子は違う。兄はそうやって挑戦的な眼をしない。しないで、俯いて、伏せがちな眼に全て押し隠しながら、さらっと質の悪い事をしでかしてくれるのだ。 「貴方が命じたのです。私達は二人で一人。私は兄のスペア。スペアである私が兄のかわりに罰を受けても構わないでしょう」 「…何故、そこまでしてかばう。何故、あやつはわざと鏡を割った……」 「教皇」 「答えよ、カノン!」 ダンと壁を叩く。仮にも奥に女神も控える聖なる神殿で。判っていても、でも、拳の震えるは止めなかった。怒りからなのか、悲しいからなのか。 「…………………サガは、何処へ行こうとしているんだ」 此処から、何処へとか、そういうものではなく。 その魂が、行こうとする未来への道の、何処を。 「………………」 「…あやつを……そうさせたのは私のせいか」 下がれと、小さく教皇は命じた。 明るく楽しげな光を零す12宮をカノンは駆け足で降りていった。途中で正装の神官や侍女達にぶつかったが、知らない。判らない。とにかく、止まりたくない。走りながら、思った。何度も何度も、今傍にいない半身を思いながら、声にださず叫んだ。 「お前は、莫迦だ…」 一言だけもれたカノンの小さな呟きは、闇を照らす花火の音に呑み込まれていった。 *** 誰かに捕まえて欲しかった。 誰でもいいから、捕まえて欲しかった。 自分がこのまま何処かにむかって走り出してしまう前に。 カノンの着ていた見窄らしい服のせいか(それとも皆うかれすぎて他人の事なんて気にしていないのか)俯いて人混みの中歩くサガに気をとめるヒトは誰もいなかった。だから、サガはどんどん進む。(行くあてなどないけど)賑やかな光にもまれながら、ただ進む。 頭はやけに重かった。最近の自分はおかしいと思う。判っていて、でも止まらなくて、とうとうあの儀式の瞬間たえきれなくなった。儀式の前に、女神の姿を見てしまったからだ。(あの非力そうな赤子)見てしまったから、だから、歯止めがきかないと自覚して…。どんどん恐ろしい答えに進みそうな思考を止める為に(止めて貰いたい為に)鏡を壊した。怖かった。 何かが手のうちからぽろぽろとこぼれていきそうで…こうしている間にも。 (では、何故あそこから逃げた?) 弟が変われと云ったから…。 (どうして誰も捕まえに来ない?) 宴の夜だから? (教皇に厭われ、このまま牢か何処かに自分を閉じこめて欲しいのに) でも、それは怖い。 (逃げた自分をどうして、誰もが無視する?) 聖闘士としてあるまじき人間だから? (此処で、何故、私は一人でいるんだ) さびしくて、怖くて、悲しくて、たまらない。 楽しげな宴の灯からはずれた私はこのまま、背後の闇に呑み込まれてしまいそうだ。 そうやって、道の脇で一人うずくまっていた時だった。名を、呼ばれたのだ。でも、それが最初自分の名だとは判らなかった。誰もが自分を無視したこの世界で自分を呼ぶ名がある事が信じられなかった。 だから、手を掴まれた時、とても驚いた。 「……あ、…え?」 「サガ」 (ああ、そう、それが私を呼ぶ名前。) (暗闇と私とを区別する為の私だけの名前。) 灯を背にして立つ少年の翡翠の瞳には見覚えがある。 「…………アイオロス、何故」 「此処にいたのか、探したよ」 「どうして、」 「聞きたいのは俺の方。迷子にでもなったのかと思った」 云われ、掴んだ手を上にひかれるから、よろよろと立ち上がる。立ち上がって、目線が同じになればにこりと微笑まれる。 「此処で育ったサガが迷子ってのも可笑しいけどさ。…まぁ、これだけヒトがいっぱいいるしね。サガ、ヒトが多い場所苦手だって聞いていたし」 「…………悪かったな。どうせ、方向音痴だし、人酔いもする駄目な人間だ私は」 思わずムッとして(先程までの鬱蒼とした気持ちはこの射手座の少年が吹っ飛ばしてしまった)彼のもとから去ろうとすれば、未だ繋いだままの手で後ろにひっぱられた。 「怒るなよ」 「怒ってなど、」 「何度だって迷子になっていいよ。世界の果てまで行ってもいい。好きなだけ迷って迷って、帰れない場所まで行ってしまえ。その度に俺がちゃーんと見つけて、捕まえに行ってあげるからさ」 紡がれた言葉にサガは振り向いた。振り向いた先には、灯にてらされ金にも見紛う髪色の少年が微笑んでいた。優しく。委ねてしまえ、誰かが自分の内で叫んでいる。(委ねる?)(何に?誰に?) 判らないから、サガは沈黙した。胸中にあふれかえる静かな気持ちの名も判らない。 ただ一つ、サガが今判る事と云えば、 自分を探して、見つけてくれたのが彼だという事だけ。 でもその事実が何故だか悔しい。養父(教皇)でもなく、半身でもなく、この(サガにとって)何だかよく判らない友人が見つけてしまったのだから。 「まぁ兎も角、今は皆と一緒に祭りを楽しもう。俺もサガも偶には息抜きしなきゃね」 「……また、迷子になるからいい」 今はこの友人に素直に従うのも嫌で(何だか癪だ)、子供じみた言葉を云ってやれば、やっぱり微笑まれた。(その笑みは優しすぎるから嫌い) 余裕ぶった(ようにサガには見える)笑みで、少年は告げる。 「この手を離さないから、サガはもう迷子にならないよ」 (ああ…、やっぱり、嫌い) 丁度その時、夜空で花火が音とともに光を散らした。アイオロスはその光に気をとられてしまって、悔しくてでも想いとは反対に赤く染まっていくサガの頬を見る事はなかった。 ただ、二人のつながれた手はそのままで。 042. 花火 (050315) 最後の楽園「人形」の例の部分…。スミマセン…いろいろ。 |