039. ナイフ




何か、ひきずる様な音が、きこえた。

それは、月も見えぬ夜。
星明かりだけが支配する世界で、シュラはソレを見つける。


「…何を、しているんですか?」


問えば、億劫気に彼がこちらを向いた。首からさげられた金や銀の飾りが重たそうな音をたてる。
綺麗な漆黒の髪をした青年は、何か重たげな大きなものをひきずっていた。

「…………似ていたんだ」

ぽつり。

闇におちた、声。


それとともに、彼の白い手が、先程まで手にしていたモノを、そこらに放り投げる。
モノは、大きな音をたてて、落ちた。
落ちるとともに、石畳のそこにジワリとひろがるのは赤い、血。
闇の中でも、その色だけは鮮やかにも見えた。

「シュラ、」
「……なんですか」
「知っているか?」
「何を、」


「ヒトを殺すのに、……存在を消すのに…刃物はいらない…」


声は、唄う様に、唱える様に。
嘘かの様に、耳に心地よい美声。
血にまみれても…それでも、彼は、彼のままだった。
それは、残酷な程に…───。

「刃物なんか、役にたたない」

血まみれの手を、天にかかげ、彼は言葉を紡いだ。


「ソレの記憶自体を消して、ようやくそれは『死』になる」


祈る様に、呪う様に。


「忘れられて、ソレは死ぬ」







何か、云わなければと思った。
だから、かわいた喉でその言葉を口にした。

「……貴方の中の、あのヒトは、死にましたか…?」
「まだ、死なない…。アレが忘れようとしてくれない」
「貴方は、」
「────シュラ。そいつの始末をしておけ」

「…はい」


もう息もしていない、生きていたモノを任すと、彼はまた闇の中に戻っていった。




(……貴方は、忘れたいんですか?)










深い深い闇の中。

彼は何もせず、ただジッと宙を見ていた。
何もない其処を。何もなかったはずの、そこを。


『───サガ』


なのに、きこえてくる声。
見える、あるはずのない存在の姿。

彼はきつくきつく目を閉じた。
でも閉じても、まだあの姿が否応なく見える。

「……まだ、死なないのか…しつこい」

何度も、何度も、その幻影を殺した。
少しでも似ている人間がいたら、気分に応じてソレも殺した。
何度も、殺したはずだった。
あの男自体、すでにこの手で息の根をとめたはずだった。

なのに、未だにこの眼には、それが見える。
しつこく…そして、彼は告げるのだ。

「サガ」と。

名を。恨みの言葉でも憎しみの言葉でもなく。
ただ、名を呼ぶのだ、何度も。
悪夢に近かった、それは。



「刃物も役にはたたない…ならば、どうすればアイツはこの世から消えるんだ」



忘れてしまうには、あの存在はあまりにも輝かしく鮮やかに
記憶にこびりついていた。



end.