確かに、一瞬だけその存在が揺らいだ。
揺らいで、消え入りそうになって、でも、意地でそのまま立ち続けていた。
半端な意地と、矜持だけが、彼をそこに在らせた。

(でも、真に其処に彼を縛り付けたのは、きっと…)


「─────獅子の牙をもつ若き闘士よ。」


震えていた、でも今はもう震えてはいない白い手が、宙に掲げられる。
その指先を何となく追ってみた。先には、高い天井。
何も、いない。いるわけない。
それでも、求める様に伸ばした手。


「その道の先に、光あれ。」


そう、尊き存在より告げられた青年、にはまだ届かない少年が恭しく礼じた。
茶というよりは金に近い、それでも誰かに似た髪がぱさりと揺れて、
そして、再びあげられた顔もまた、誰かに似ていた。
碧ではない───青い瞳が、真っ直ぐと、目の前に佇む聖職者をみつめる。
真っ直ぐと、どこか挑む様に、揺るぎなく強い意志をもった眼差しで。
絶対権力者に、でも屈する事を許さず、強くあろうとする魂。


ああ、そう。
とても、その魂自体が、近いから。

だから、あんなにも存在が揺らぐのだ。


「──────」


何かを紡ごうとして、でもやめて閉じてしまった唇だけが、遠くからでもよく見えた。
きっと、今は、眩しげに眼を細めている事だろう。


あの頃も、そうしていたかの様に。



近すぎて、眼が眩む。
近すぎて、存在が揺らぐ。
でも、それでも、
手をのばしたくなる、その衝動。




永遠は、莫迦すぎる程、一番美しい処にしまわれているから、永遠であれるのだ。

そう教えてくれたのは、奇しくもあのヒトだった。
いつも、いつも、あのヒトだった。

彼は、きっと、全てを知っていたのだろう。

(でなければ、あんなにも鮮やかな消失なんて出来やしない)


「おい、今日 例のガキの聖誕祭だったんだろ。どうだったか?」
「………どうだった、とは?」
「そのまんまの意味。どうだった、アレの反応は?」


にやにやと笑いながら、眼を細めるシュラをデスマスクは見た。
呆れた溜め息はいつもの事、ただ今日はどこか瞳が遠くを見ているだけ。


「久しぶりに見たからな…その成長の早さに少しばかり驚いていた様にも見えたが。」
「成長していた子供は、その兄に似ているから?」
「────────」
「確か、十五歳になったんだろ?似ていてもおかしかない。」


咎めようとしても、きっと聞きやしないだろう。
そういう処だけだと、きっと彼もまた近しい存在。
だからこそ、あの「彼」もこの彼を甘やかしているのだ。


「姿形じゃない。重要なのは、魂の在り様だ。」
「─────…」
「生まれてからずっとあの背を追っていったんだ。似ていてあたりまえだな。」
「…デスマスク、」
「みっともなく泣き出すかと、思ってた。」


似ていて。
ただ、それだけで。

きっと、揺さぶられるから。


「────…泣いてくれた方が、俺は良かったのかもしれない。」


そんな事を云う様な男じゃない事をデスマスクは知っているからこそ、眉根を寄せ、怪訝にシュラをみやった。彼はただ、窓越しに見える空を見つめて。


「少し懐かしそうに、しただけだったんだ。あとは、ただ真っ直ぐと見つめ返していた。彼は、もう、判っていたんだ。判っているんだ。そして、もう、決めているんだ。」
「…………何を、」
「真に焦がれる存在は、すでに自分の中に在る事を。」


近しいからといって、揺らいで消えられない。
似ていても、惑わされない。
知っているから。判っているから。
自分の中に、彼がいる事を。


────そこにしか、自分の真実はないから。


求めている存在は、今も輝かしく、彼の中で生き続けている。
あの頃のまま、美しく尊く。
不変の存在として、今も尚…。


「きっと、誰にもソレは触れられないんだろうな。触れられない一番美しい処で、永遠にソレは輝き続けるんだ。」


永遠に。
誰にも触れられない二人だけの地で。


「永遠に綺麗なままか?莫迦らしいな。」


鼻で嗤う様に男がそう返せば、もう一人の男は苦笑気味に笑い返した。
やっぱり、彼もまた近しい。そして、自分は一番遠いのだ。
だからこそ、触れ合えるのだけど。


「彼の中の永遠で…永遠に愛しい者として、存在し続ける。」


他の誰にも踏み込めぬエデンの地。
最後の楽園にて、ささやかれる永遠の愛。
彼の永遠は、彼だけに捧げられる。


そして、自分は触れられないまま、永遠を終える。

見つめる事はできても触れられない。
触れられないからこその、永遠の地。









それはもう、見慣れてしまった光景で。
どうしてだか、思わず微笑んだ。仕方がなさ過ぎて、笑った。


「……なんだ?」


不機嫌そうな声が返ってくるから、笑みをやませる。
離れた距離を保ったまま。
長い間主を失ったこの宮は、でも、何故だか未だにあのヒトの匂いがすると想った。
───風の、匂いが。


「いえ、そんなにこの場所が好きなのかと思いまして、」
「─────好きなわけない。」


そう云って、彼はまた月を見上げる。
欠けた月は、もう満ちる事のない彼の心の様。
それでも、そう、その月は美しく。

たたずむ背は遠くて、小さくて、でも触れてはいけない。
触れたいのに、触れては生けない。
それだけが、あの風の様な存在と交わした最初で最後の約束。
思わずその髪をつかんでしまいたくなるのに、
でも駄目だと笑った笑顔もまた永遠の中で生きている。
痛がるから、掴んじゃいけないよ。
そう云った存在こそが、今も強くかの存在を掴んでいるというのに。
握り締めて、縛り付けて。
少しでも、触れたら壊れてしまう。その危うさ。


でも、だからこそ──────…


背筋をのばして稟と立つ。花菖蒲よりも、華やかに。
風によってなびききらめく髪の艶やかさは、鮮やかさにも似て。
一人で、何かを遠くを見つめ、少し陰りのみえる表情に、それでも、ヒトは想い寄せる。
傷を負っても、闇を抱えても尚、その眼差しは強く美しい。


傷ついたからこそ、輝きを増す。
鮮やかで、憎らしい程、綺麗な存在。


永遠を胸に抱えたからこそ、その存在は美しいのだと、今にしてようやくあの存在が告げた言葉の意味を知った。



「……でも、やはり悔しいな…、」



思わず呟いた言葉に、髪をなびかせた青年が振り返るが、曖昧に笑って誤魔化した。



そして、この楽園から一番遠い場所で、その永遠の行く末を見続ける。
触れられないかわりに得たその権利に、永遠の祝福を。





038. 嫉妬 (0703)