子供が一人、星を見つめながら立っていた。
天に輝くは無数の白金色の星々。涼しげな光が、世界を彩る夜に。

「…何をしているんだ」

小さく問えば、振り返る事もなく子供が素っ気なく応えた。

「星をみてる」
「ミロ達がお前をさがしてたぞ。宴の途中で抜け出したんだろ」
「……祝われる事は嬉しいと思う。けど…寂しいと思ってしまうから」
「寂しい?」
「去年までは、この日を兄とともに過ごしたから」

だから、一人、二人と欠けてしまった今日この日を素直に喜べないのだと。
未だ10にも満たない子供がやけに静かにそう告げていた。

星はただ、あの頃と変わらずに存在し続ける。
あの星々が変わらず再びこの位置に来る間に、自分達はどれ程成長し変わっていってしまったのだろうと、ふとシュラは思った。
未だ振り返る程、時は経っていないというのに。



***



扉の取っ手に触れるより前に、中から押し開かれた。

「…何だ、君か」
「アフロディーテ、」
「教皇なら、寝室だよ。今は会わないほうが良いと思うけど」
「何故、」
「機嫌が悪い」

いつもの事だけどね、とアフロディーテが軽く笑う。
アフロディーテと入れ替わるように、シュラは忠告も無視し、中へと入った。



「可哀想と思うのならば、あの子供の傍にいてやれば良かっただろう」

なのに、何故、此処に来る。
寝室に入った途端、そう云われてしまう。明らかに拒まれているとは判るものの、シュラはそのまま彼のもとへと歩み寄っていった。

「視ていたんですか」
「私を誰だと思ってる。この聖域を統べる教皇だぞ。聖域内の事ならば全て判る」

灯り一つ点けない室内は、窓辺からの星明かりによってかろうじて相手の輪郭が判る程度の薄暗さであった。一人で寝るには大きすぎる寝台に髪の長い彼がぐったりと横たわっているさまが見える。千歳に散らばった髪の合間から、白い肌、そして紅い瞳がのぞく。

「お疲れですか」
「疲れるに決まっている。今日はやけにアレがわめく」
「…獅子座の子の誕生日ですから」

去年までは、サガ達が祝っていました。
途端、枕が投げつけられる。念動力で、花瓶や箪笥を投げられるよりはましだ。

「そんな事、訊いていない」
「サガ、」
「うるさい。お前も、アレも。…それにあの宴会をどうにかしろ。うるさくてたまらない」

此処まで聞こえる程に騒いではいない。それでも、彼はうるさいと云った。遠くで、開かれる…もう招かれる事もない宴。祝いの日。双子座の席はなく。そして、もう一つ。永遠に埋まる事のない射手座の席。

「貴方も、寂しいんですか?」

思わず呟いた言葉。紅い瞳がじろりとこちらをきつくみつめてくる。

「莫迦か。寂しがっているのは、アレだ」
「貴方達は、一人だ」

心も。瞳も。想いも。あの日の涙も。

「…黙れ」
「寂しがっているのは、貴方だ」
「殺されに来たのか、お前は…」

じりじりと迫ってくる圧迫感、否、殺意を含んだソレに、でもシュラは言葉を紡ぐ事をやめなかった。
今日は、彼に告げたい事があった。

「云わなくても良い事だと思っていました。云って、どうなるわけでもない。まして、今云う必要もない事ですが」
「………何がだ」
「寂しがっているのは貴方だけじゃない事を」

瞬間、空気が裂ける音。とともに、シュラの頬にパッと血の花が舞った。そのまま彼の後ろの窓ガラスにヒビが入る。

「ハ、あのガキの事か?それとも、お前も寂しいと思うから同類だと?何が、云いたい、シュラ。何を遺言にして欲しいのだ」
「違います、」

云うな、と彼の瞳がそう告げていた。その色が赤か青なのか判らない。シュラにはその色の違いが未だに判らない。紅も蒼も、同じに思える。どちらも、真実を受け入れない。
それでも、自分が云うしなかいのだと。これは自分だけが知る事なのだから。

「アイオロスも、あの日、寂しいと云ってました」

貴方が消えた日の夜。星空の下で。
寂しいと。哀しいと。あの日───自分の前で。

「何故、皆が皆で寂しい寂しいと云っているのでしょうか」

途端、空気が大きな音をたてた。地鳴り、否、この室内だけが揺れる。暗い世界に爛々と輝く紅を見た。

「……それで、何が云いたいのだお前は」
「いえ…、ただ寂しいなと」

本当は、孤独ではなかったはずなのに。

次にはきっと殺されてしまうのだろうと、シュラはどこか冷めた気持ちでそう思う。
それでも告げたかった。

私達は、何て愚かだったのだろうと。




034. 孤独 (041011)