016. 白い花




「まず、墓をつくろう」

そう告げたのは、ミロだった。

彼は皆の集まる白羊宮に、カミュを背にかかえやってきた。
もう息のしない 死んだ者の体を持ってきて。
手には、白い花をたずさえて…。


「…そうですね。いつまでも野ざらしというわけにいきませんし」
「聖域の修復よりもそちらが先だな。よし、先に慰霊地に行き、墓穴を掘って来よう」


同意したのはムウ。それに次いで、アルデバランが立ち上がる。
女神を得た代償に、聖域は多くの死者を出しすぎていた。何であれ、喪ったのはい先程まで傍にいた人の命なのだ。───長年、共にこの地を守ってきた仲間の命。
だけれど。


「…………サガ達の墓も、慰霊地におくのか…?」


アイオリアが、重々しく口を開いた。


「貴方は、それが御不満なんですね?」
「聖域の慰霊地は、本来、女神の為地上の為に闘って死した者の地ではないのか?……あいつらは…サガ達は……違うだろうが…!そんな者達の為に墓など!」


低く、しかし強い声音で、獅子がそう叫んだ。彼の両の拳が、きつく握りしめられる。抑えきれなくなる小宇宙の残滓は、ムウ達にふりかかる。ちりちりと焦げるような。
ムウは、眼を細めて答えた。


「では、野ざらしにしろと、」
「そういう意味ではない…!ただ…オレは!」
「兄を殺した者達になんか墓をつくりたくないと、」
「ムウ、やめろ」


アルデバランが止めようとしたが、先にムウが一歩つめよる。


「大人気ない、」
「───っ!お前に何が判る!…この十三年間……オレは、兄の墓をつくる事も許されなかった……!……素直に、ソレを受け入れる事は…オレにはできん…」


先程よりもわずかに声を、感情をおさえた声は、だけれど震えていた。
彼の眉間の皺がより一層深くなる。ムウの表情もより冷ややかさが増す。


「だから、墓をつくるのを許さない?嫌なら、手伝わなくて構いませんよ。かわりに、宮の修復をよろしくお願いします」
「ムウ…お前っ!!」
「よさないか、二人とも!」


恫喝し、アルデバランは一つ溜め息をおとす。
大人気ないのはどちらだと、でも言葉にはださず、ムウを一瞥した後、アイオリアを見据えた。


「…アイオリア。お前の気持ちがわからんでもない。だが…関係ないかも知れんが、ムウの師……教皇もこの度の件でお亡くなりになっていたのだぞ。…十三年前、今まで墓一つなく」
「………………」
「一生、許せないだろう。でも、」
「…………許せるわけ…ないだろう……サガは、ずっと…オレ達を───兄さんまで欺いたのだから」


云ったっきり、アイオリアはうつむいた。かたく握りしめた拳を解かぬまま。
眼を閉じれば、懐かしい日々が思い起こされる…だからこそ、この胸中にたちこめる靄が消える事ない。いなくなってしまった以上許す日など来ないのだ。


「───莫迦莫迦しい…」


誰しもが重く黙っていた中で口を開いたのは、今まで口論に参加していなかったミロだった。  彼はまだ、友の遺体を抱えたまま。


「墓があるだのないだの……なくて、お前らは苦しんだんだろう…?なら、良いじゃないか。皆の墓をつくれば。それで良いじゃないか」
「……お前はカミュの墓がつくれればそれで良いのだろう…」


アイオリアがそう呟く。今度は相手が相手なだけに拳が振るわれるかと思い、アルデバランがミロをみやったが、彼は動かなかった。
かわりに、静かに言葉を紡ぐ。


「───オレは、サガが好きだった」


唐突に告げられた言葉。淡々と…抑揚の欠けた声音に、でもこもるのは…過去。
在りし日々の、皆。


「デスマスクやシュラ、アフロディーテだって…俺は好きだったよ。仲間だった。今もしあいつらに逢ったら、多分殴りつけるだろうけど…もうあいつらはいない。……オレは、サガの墓にも参りたい。お前らがつくらなくても、オレが勝手につくる」

「ふむ。だか、君一人に任すと多々不安だな」


場違いな程の落ち着いた声音と少し嫌味混じりな言葉に、その場の誰しもが顔をあげた。 …いつのまに来ていたのか、シャカだ。


「一つだけ、希望があるのだが、良いかね?」
「……良いもなにも……別に、お好きな様に」
「サガの墓は、一番見晴らしの良い処にしてあげてくれ」


彼がそんな事を云うとは誰も思わなかった。
だからこそ、皆同時に眼を丸くすれば、何故か勝ち誇ったかの様な不貞不貞しい笑顔をシャカはみせる。
約束なのだと、彼は告げた。





黄金聖闘士中心にして、死者の埋葬は行われた。
もちろん、サガ達の遺体も、他のと変わらず行われる。
骨はないが──真の英雄であるアイオロスの墓もつくられた。


「今でも一つ判らない事がある」
「…シャカにも判らない事なんてあるんですか」
「もう一生判らないままだ」


二人の目の前に並ぶ二つの墓標。


「聞き間違いかと、一瞬だけ考えた。…この私が、一瞬でも自分の耳を疑った」
「………サガは、何て貴方に云ったんですか…?」

「もしも許されるなら『彼』の隣に、私の墓を、と…ささやき程に小さくて、聞き取りにくかったが」


彼はあの日、偽りの仮面を被りながら、そう──頼むわけでも、願うわけでもなく、そうシャカに告げた。ヒトの罪を、かわりに吸う為に真白いのだという花弁の乱舞の中。


「あまりにも莫迦らしい望みだったから、叶えてやった」
「莫迦らしいですか」
「今更そう願うなら、殺さなければ良かったのだ。彼の手を、ずっと信じて、繋いでいれば良かったのだ。それだけだったのに」


それは、簡単な事だったのに。
凍えた冬を越え、春が訪れる事よりも。
なのに。

ムウが、ふ…と柔らかく微笑んだ。嫌味なく、それは心からでた微笑だった。


「……珍しいですね。貴方が率先して動いているなんて。雪でも降りますかね」


見上げる空は、とても蒼い。澄んだ色が、どこか切なく見える。
青い青い大空には、白い鳥が一羽飛んでいた。


「ふむ。雪の代わりに、花は降るがな」
「────は?」

「おーい!どいたぁ!どいたぁ!!」
「ミロ、あんま走ると花弁が散るっ…!」


シャカとムウの間をわって入ったのは、ミロだった。その手にはたくさんの白い花々。後ろから、同じ様に花の束をもったアイオリア。
そして、────…


「元気でなぁ!サガ、アイオロスっ!!」


ミロは満面の笑顔でそう空に叫んで、
────手にしていた白い花束を、空にむかって投げた。
天高く舞い上がった花から、花弁が降る。
花弁は、その下…並んだ二つの墓標を彩るかの様に舞い落ちていった。
白い、白い、真白の花弁。
それが、サガとアイオロス、二つの墓に、届けられた。

美しい聖域を見渡せる見晴らしの良い丘の上、
かつて高みを目指した二人の聖闘士の墓の上。
真白の花弁が、癒すかの様に、降った。



end.
「002.もしも許されるなら」と軽くリンク。