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いつもいつも手をのばしてきた気がする。 そして、いつもいつも届く事はないのだ。 長く美しい髪は、指先をするりとぬけ、離れていく。 思わず、叫んだ。 「アテナーーーーっ!」 いつも、そうだった。 何一つ、守りきれない。 *** 「…………ずっと、聞こえていましたよ…」 柔らかな微笑みをみせながら、少女がそう呟くのを、サガは聴いた。 細く小さな少女を腕に抱いたサガはただ、黙って彼女の言葉に耳を傾ける。 十三年間、一度として聴こうとしなかった声に。 そんな二人を囲む様にして、他の黄金聖闘士たちが立っていた。 誰もが沈痛そうな面もちで、それでも泣く事などなく。。 「…寂しい、と……哀しいと、いつも、そう…貴方は泣いてしましたね」 声帯を震わすのももう辛いはずだというのに、彼女は声を紡ぎ続ける事をやめなかった。誰も止めなかった。彼女の豊かな胸からあふれだす深紅の実りを誰も、ただ見つめる事しかできなかった。 徐々に力をなくしていく少女を抱えるサガの手にも、その赤はつたっていく。 ぽたり、と下に血溜まりが、また広がる。 「………ずっと、…ああ、そう…十三年前のあの日から聞こえていた様な気がします。寂しい、寂しいと、声にださずにずっと胸の内だけで狂おしい程叫び続けていて…」 サガには、そんな自覚などなかった。 「寂しい」などと、あの頃は口が裂けても云わないであろう言葉だ。 …ただ、あのどうしょうもない虚しさの名を「淋しさ」と呼ぶのであれば、 きっと自分はずっと叫び続けていた事になるのだろうか。 「……でも、…あの瞬間……貴方が私の前で、命を断った瞬間。 あの瞬間だけ…貴方は違う言葉を、叫んでいました…」 「…………私が…?…」 「貴方は…『愛したい』と泣いていました」 「─────────」 「誰かを、信じたいと…、心の底から、そう…。今度こそは、もう手を離さないでいられるぐらい…こんな自分でも誰かを愛したいと…信じたいと願って、泣いて…」 愛せなかった、誰も信じられなかった。 他人からの愛ばかりを求めていたきがする。 自分から、誰かを、他人を愛す事に、そう… 怯えていたのだ…。 結局、あの翼をもつヒトの手まで、離してしまったのだから。 「……貴方は、本当に莫迦ですね」 彼女は、そう云って、笑った。年相応の少女の笑みで。 「神が、人間に等しく与えたモノは血の色だけだとでも思っていたんですか?」 白い細い指が、のばされる。 サガの頬へと…そえられて……そして、 「ヒトが、ヒトを…誰かを愛する事…私は、それを人間に与えたのですよ」 大丈夫だ、と彼女は云った。云って、笑う。 大丈夫だからと、安心させる様に、サガの頬をなでながら。 「…愛しても良いのですよ」 だからもう、「寂しい」と云って、泣くのはおやめなさい。 …ポタ……ポタタ… 少女の頬に温かな雨が降る。…突然のそれに、でも、 女神である少女はゆっくりと微笑んだ。 「…そういう涙なら、良いんですよ。泣いても…」 サガの頬に流れていく涙。一つ、二つと、こぼれてゆく。 今まで頑なにこびり付いたモノ達が、はがれおちてゆく様に。 解放されていく様に。 「泣ける時に、ちゃんと泣ける涙は良いですね」 「………彼も……アイオロスも………昔、私に……同じ言葉を…なのに、私は」 遙か記憶の彼方で、彼が微笑んでいるきがした。 サガのその言葉に、女神は「そう…」と呟いて微笑する。 それは、少女の笑みではなく…女神の、慈愛に満ちたソレだった。 そして、────次の瞬間、女神の体を、光が包んだ。 眩い真白の光の中…女神の体は、サガの腕の中から消え失せる。 少女であり、女神でもある者は、今、冥府に旅だったのだ。 地上の平和を守る為に。 「───サガ、」 「……行こう、我らも」 自らの手にこびりつく女神の血を見つめながら、サガは立ち上がる。 涙は、もう、何処かに消え去った。 進むべき道は、今はもう一つしかない。 013. ねがい |