| 何故、彼が泣くのだろう。 楽園に来て一番最初にそう思った。 何もかも捨てて、ようやく辿り着いたというのに何故翡翠の瞳は泣くのか…結局未だに理由を知らずにいる。悲しかったからか嬉しかったからなのか。 前髪に触れていた手はそのまま彼につかまれ、握り締められる。強く。温もりに安堵していれば、彼が静かに告げた。 「あいたかった」 あのまま、彼の手を離さないでいれば良かったのだろうか。 *** 腕の中で、女神が歌う。生きてる、未だ生きてるよ、と歌う。ああ、そう、未だ自分の翼は折れていないんだっけ。思い出して、アイオロスは重たい瞼を持ち上げた。眼に飛び込んできたのは、─────蒼い瞳だった。 「…お前はずっと此処にいたんだな。何も知らなかった、私は」 蒼い瞳が切なげに細められ、そう告げた。何が起こったか判らないアイオロスは蒼い瞳の後ろにみえる星空に眼をやる。満天の星々はいつもと変わらず、否…あるはずのない星が空に描かれていた。獅子座、天秤座、牡羊座に蠍座…、乙女座。並ぶはずのない並んだ星々。 此処は13年前の、あの結末に辿りついた日のはずだった。此処で、自分の心はずっと止まっていたはずだった、…なのに。 「女神が導いてくださった。……女神の首を貫いた短剣からつたった血が私の手について…、それで…お前の居場所に来られたんだ」 「……何故、来たんだ。………また、此処から繰り返すつもりなのか?」 何度も何度も、同じ結末を。 サガは静かに微笑んだ。あの頃のような慈愛に満ちた笑みのようにも思えたが違うとも思う。何かがあの頃とは違っていた。瞳の奥に切なさを抱きながらも、それはとても美しい笑みだった。 「繰り返し出逢いに来た」 「また、別れるのに」 「そうだな、私達はあれから何も変わっていないから」 「なら、何故」 視界の端から、空へ…一筋の星がかけあがっていった。地上からのぼった星は、夜空に牡牛座を描く。反対側から、また一つ星があがる。次は、蟹座。続いて、魚座。 「それでも、逢いたかったから」 サガがしっかりとした声で告げた、迷いなく。遠くからまた一つ星が。水瓶座。 「出逢う度に、苦しむのに」 「……もし、また手が離れてしまっても、今度は私から繋ぎなおすだけだ」 星がかけあがっていく度に、サガの金の髪を美しく照らしていった。その傷つく程美しさを増す瞳の色をも。揺るぎない眼差しも。以前の儚い全てが此処にはなかった。 「どうしても、お前に逢いたい」 告げた瞬間、二人の真上に山羊座がのぼった。足りない星座はあと二つ。太陽が生まれる為には、あと二つの星が必要だった。この世界が終わる為の星も二つ。 アイオロスは眼を瞑った。瞼裏には美しい星々の───誓いの夜。サガが告げる。 「ようやく誓いをかなえる日が来た」 「……俺はもう聖闘士じゃないよ」 「お前はアイオロスだ」 サガのその言葉に、アイオロスは笑う。相変わらず、勝手すぎた。勝手で、残酷で。それでも、愛おしい。 アイオロスが、手をのばした。もう涙のこぼれていない白磁の頬に手をそえる。その手にサガの手がそえられた。またこの手が離れてしまう日が来るのかもしれない。それでも、せめて前よりも少しでも長く繋いでいられたらと思った。 サガは告げた。ずっと、ずっと、云おうと思っていた言葉だった。 「あいたかった」 二つの光が、天にかけあがっていく。 空にそろう12の星座が、世界に光を放った。 100. 最後の楽園 end.(050216〜050225) 後書き。 他の100題とリンクしているようなしていないような…まぁこんな事もあったんじゃないでしょうか?という感じで書き始めました。二人が最後に辿り着いた場所が「最後の楽園」。最後まで読んで頂いた方へ、本当にありがとうございます。 |