きらきらかがやく
珍しくも聖域に雪が積もった。

うっすらと地面を白くする程度だが、それでも彼は何故か無性に喜んでいたきがする。
雪が好きなのかと問えばそうでもなく、ただ思わず駆け回りたくなる程わくわくするんだと云っていた。
「犬だな、お前は」
あまりのはしゃぎように呆れてそう告げれば、ひどい!と云いながらも朗らかに彼は笑っていた。
今年初めての雪であり、今年最後の雪でもあった。


***


夕方に別れたはずのアイオロスが、夜半…もうすぐ0時になろうとする頃に窓をたたいて現れた。玄関から入れないのかと思いつつも開けてやれば開口一番、「やばい!今年ももう終わっちゃうじゃないか!」とわけのわからぬ事を告げてきた。
年の暮れ。12月31日の夜だった。

「………何、あたりまえの事を云っているんだ。お前は」
「あたりまえじゃないだろ!今年ってもう二度と来ないわけだよ?云うなれば期間限定。限定品は機会を逃しちゃいけないんだ!このまま何もしないで年越すのは勿体ない!」
「……私は今寝る機会を逃したくない。じゃあな」
「うぉっ…ちょ、待てってば!!」

光速で窓を閉めようとしたが、相手も光速で阻んできた為力が拮抗し、窓はそこから微々たりも動かなくなった。しつこいと思いながら、麗しの笑顔でにっこりと微笑んで「おやすみ」と告げてやったが、納得してくれない。

「お前…ホント、デリカシーってのがないぞ」
「どうしてそうなる」
「ああああああもうっ!こうしている間にも刻々と今年は終わっていくんだぞ!サガはそれでいいのか?!」
「別に…、明日も今日と何も変わらない」
「じゃあ、俺が変わらせてやるっ!!」

叫び、彼がいきなり掴んでいた窓をぱっと離した為、サガがふっと体制を崩してしまうその一瞬の隙を狙って、アイオロスが今度はサガの腕を掴んだ。

「……おいっ!アイオロス!」
「今年最後のお願いだからさ、一緒に外でないか?」

今年なんて今日で終わりじゃないか。素直に従うのも嫌で反抗しようとも思ったが、急にめんどくさくなってサガはしぶしぶ彼の腕にひかれて外へ出た。アイオロスが絶対自ら退く事などありえないと長年の付き合いで学んでいたからだ。



しゃりしゃりとシャーベット状に近い地面の上を二人で進む。常より寒い気温にサガは眉をひそめた。

「……なぁ、何処へ行きたいんだ?」
「ん、まぁとりあえずは人馬宮かな」
「は?」
「より上の方がきっと眺めがいいはずだ」

わけがわからない。いや、いつも判らない事だらけなのだが。次の彼の一言で、サガはもう彼に関して深く考えるのはやめようと思った。

「屋根の上にのぼろう」



もってきた懐中時計をみればあと数分で「今年」が終わるのだと判る。今年最後だからと彼に連れてこられたはいいが、先程から彼は人馬宮の上で大の字に寝転がり星を観ているだけだった。本当に何をしに来たんだか。サガが深く溜め息をついている時ふと、彼が口を開く。眼差しの先は星を見つめたまま。

「ずっと、考えていたんだ」
「?…何を、」
「君に告げる最後の言葉」

笑む事もなく、ただ真っ直ぐとした瞳の先を星にやったまま端と告げた。

「何を云おうかずっと迷っていた。何か特別な事とか、思わせぶりな事でも云ってしまいたかったけど……結局何も思いつかなかったんだ。何も…、はっきりとした言葉が君に言えない」

だから、ごめん。

「……謝る必要なんてないだろ、」
「いや、あるんだなぁこれが。たくさんたくさんあって…もう弁解する気にもなれない」

そこでようやくけろりと笑ったが、どこか釈然とできなくてサガが眉をひそめ問う。

「……お前、何を云っているんだ?」

彼は声をたてて、笑った。

「今年最後の懺悔だよ」
「じゃあ、来年は云うなよ」
「へ」
「そういう事は今年で最後にしろと云った」

告げて、折っていた足に顔をうずめた。

「…何で?懺悔しとかないと俺どんどん悪さするかもよ」

冗談めかして云う彼の声をも嫌になってくる。時々ふと感じる、言いしれぬ不快感。彼の言葉の端々から何故かそう思うようになった。無性に気持ち悪くなるのだ。
笑顔でいるお前がふと漂わす予感めいた薄暗い何か。

「馬鹿馬鹿しい」

彼は判ってる。彼がきっとそれを行う。自分はそしてそれに薄々気付いている。彼が気付かせようとしている。何故。なら、何故。

「…もう好きにしてくれ。私は自分の事で手一杯なのだから。私は何も云わないし、お前も何も云うな」
「………サガ、」
「ただ…そういう後ろ向きな事を云うのはやめろ」
「後ろ向き?」
「今年最後だとか…莫迦らしい。云うならせめて、明日一番最初に何をいうべきかを考えろ。最後の言葉より、明日の言葉が欲しい」

今すぐ終わってしまう過ぎ去った今年より、これから訪れる新しき日の為の言葉を。

「本当に最後なわけじゃないのだから…今最後の言葉をもらっても明日もまた会うのだからいらないだろう」

目を見ぬまま、告げた。落ちた沈黙。ふっと、風がそよぐ。
彼が小さく笑う気配。

「お前に出逢った事を、後悔しないよ」

え、と驚いて顔をあげ彼を見やる。でも、彼の視線は変わらず星の彼方にあった。ただ、先程より少し口元が緩んでいる。

「時計、見なよ。明けちゃったぞ」
「…あ、」
「今年明けての最初の言葉、ちゃんと云ったからな」

云って、半身を起こし、伸びをした。サガが何も云えずただ黙って見ていると、彼が口を開いた。

「なぁ、もうちょっと付き合ってくれないか」
「………寒いんだが、」
「本当は此処から一緒に初日の出が見たかったんだ。丁度良く雪も降ってくれたしな」
「…雪…?」
「知らない?朝陽を浴びた雪ってすっごくきらきら光るんだ。目が痛くなる程煌めいて綺麗で…それをサガにも見せたくてさ」

まるで見た事あるかのような口調。物覚えつく頃に此処に来たと云っていた。そして聖域に此処数十年雪は降らなかったと昨日教皇が云っていた。一体、いつ何処で、そんな風景を見ていたんだろうな。

「サガ?何、そんな顔して」
「……どんな顔だ」
「悲しそうな顔」
「じゃあ、悲しいんだろうな」
「サガ、」
「付き合うよ、気が済むまで。本当にきらきらしているんだろな」

彼は目を丸くした後、もちろんと笑うから、笑い返す。
ねぇ、君はここまでこの心をほぐしてしまったんだ。なのに、何故。

「何もかもがどうでもよくなるぐらい圧倒されるものを今は凄く見てみたいんだ」

彼が少し寂しげに笑ったのを見て、目を瞑る。瞼裏には、未だ見た事もない…けれど、聖域が朝陽を浴び きらきらと輝いている美しい景色が映っていた。
何があろうとも、起ころうとも…それでも変わらず世界はきっときらきら美しいままなのだろう。



ならば、今年もずっとそうであって欲しいと願う。

「今年も、よろしくな。アイオロス」
「…ああ、よろしく。女神と君に幸あれ」



彼は判っている。彼がきっとそれを行う。自分はそしてそれに薄々気付いている。彼が気付かせようとしている。彼は最後の言葉をいつか、きっと云う。
──いつか彼が、私を裏切る時に。




 (041230)

判りにくくも私的天界編2(「ふたり」の前という感じで…)