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「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」──── *** 「ああ、やっとみつけた」 やけに嬉しそうな声が後ろからきこえたから、彼は何故いつもそう自分を探すのだろうかサガは不思議に思った。祈るように絡めていた指をほどいて、立ち上がり振り返る。天窓から十字の影をつくってこぼれる光が2人の間にはあった。村はずれの小さな教会。はずれかかった扉に手をおきながら、彼は笑う。 「まさか、俺に何も云わずに出ていくとは思わなかった」 「許可は前にもらったはずだ。シオン様にはちゃんと云って出てきたぞ」 「今は、俺が教皇」 汚れ一つとない真白の法衣をみにまとい、首から立派なロザリオをさげている姿をみて、サガは目を細め「そうだな」と応えた。眩しすぎて、見つめているのも恐れ多い。神の前に対峙したかのような錯覚を受ける。いつも彼の前に立つ度に、サガはそう思っている。(それでもサガの神は一人しかいなかったが。たとえ、先程まで此処で違う神の前に膝付いていたとしても) 「その日、お前は急用で日本にいる女神のもとへいっていた。しょうがないだろう。お前を待つ必要もなかった」 「俺は最後にひとめ君に逢いたかった」 こつ、白い法衣をまとった男が一歩進む。真っ直ぐこちらをみつめながら。また、一歩。わざとらしい程の、ゆっくりとした動作。静かな2人だけの小さな教会。さしこむ十字の影をつくる日溜まり。嗚呼、と思って目を瞑る。また、一歩。 「それぐらいで怒られても困る」 「怒っちゃいないさ。怒るわけない。ただ、」 「…ただ?」 「寂しいだけだよ」 これ以上となく。 十字の影の上にたつ男が白い光を浴びながら、こちらに手をのばしてきた。静かに。衣擦れの音さえ聞こえないような、一瞬。サガの左手をゆっくり掴んで、ひきよせる。 「祝福の言葉を、未だ云っていなかったな」 「先日、教皇からは頂いたはずだが」 「一人の親友としての言葉を」 掴まれた指が痛くて、でも彼のあのぬくもりで、どうしていいか判らず、目を開けてしまえば今度はそらせなくなってしまう。だから、嫌だった。翡翠の瞳は、昔と変わらず此処に在る。尊いまま、全ては此処に未だ在る。容易く触れる事はできないのに。 「結婚おめでとう、サガ」 告げて、翡翠が近付いて、離れた。一瞬だけ、かすめ盗るように…。 「親友」は、こんな事しない。ただ一人の女神に誠をつくすべき、伴侶を得る事も許されない「教皇」は、こんな事しない。こんな、泣きたくなるような…。 では、彼は誰なのだろう。 「お腹の子…男の子だってね。聞いたよ。きっと、大丈夫だ」 「……何がだ」 「俺の星が騒いでる。きっと…、俺のあとを継ぐ子になる」 翡翠の瞳が、ただ静かにこちらをみている。怒りも悲しみも喜びもない。ただ、蒼い瞳をみてる。 双子座を降り、弟にその任を譲る際教皇とサガは密約を交わした。勝手な理由で、力を抱いたまま聖域から出て自由になるかわりの枷。──…最強と謳われた双子座サガの血を継ぐ子供を、聖域に捧げる事。子供を宿すべき女性も、住む家も仕事も全て、彼から与えられた。サガはその全てを受け入れた。 優しく聡明な女性が産むであろう、現教皇が予言する「射手座」の子供は、きっと抗いきれない運命によって、手放してしまうことになるのだろう。どんなに愛おしくとも。 「君は、誰よりも幸せに」 俺よりも、ずっと幸せに。 掴んだままの左手をもちあげられ、その薬指に彼の唇が触れた。まるで、誓いのような。背後には、十字に縛られ続けた神の像。此処は、彼らの女神とは違う神のいる館。女神の目も届かない、場所。ああ、禁忌の場所なのだ。だから、嫌だったのだ。 離すつもりなど、最初からないくせに。 縋り付くような彼の手を離せなくて、このままいてもきっと互いで互いを食い合うだけの運命なのだから離してあげたいのに、それでもこの日溜まりの場所から離れられずに未だいる。2人のいる光に十字の影がさそうとも、今更どうしようもない。禁忌はすでに、13年以上も前2人が出逢った時からすでに始まっているのだから。 「さよなら」 (051006) ロス兄が妻子持ちでもいいけど、サガが妻子持ちでもいいよねって話でした。最初はもっとピュア(死)な感じでした…ご、ごめんなさい。何か他のサイト様と被ってそうで怖い…。 |