魚座、双子座、射手座、蟹座、のそれぞれ。


歓喜すらこの身には宿らない(魚座+双子座)


12宮の最後の主は、自らを生きる毒となし、女神の玉座をその身でもって守るべきが絶対の使命である。

「この子は、そうさせない」

蒼い瞳をひときわ丸くさせて幼子は、自分のすぐ傍の青年を見上げた。この暗い部屋につくまでずっと繋いでいてくれた手により一層力を込めた。

「忌むべき風習でしかありません。先代魚座は屍になってすら、その身の毒を発し続けたそうじゃないですか。我々は戦闘兵器をつくりたいわけではありません。女神と地上を守る闘士をつくりたいのです」

そうはっきりとした強い声音でいいきった双子座の青年に、周囲の老神官たちがどよめくが、最奥にいた教皇は笑っただけだった。

「先代を否定するか?」
「先代の魚座の武勲は聴き知っています。冥闘士との闘いでは自ら宮を降り、先頭に立ったほどの偉大な御方。この子にもそうなって欲しい。しかし、その為にこの子の未来を殺したくはないのです」
「次期魚座よ。お前自身はどう思う?」

闇の最奥から教皇の双眸がこちらをしっかりと見つめている事が見えずとも判った。感じた。肌がぴりぴりと傷むのを押さえながら、魚座の子は一度唾を飲み込む。 魚座の運命を言い渡されていた時からその風習は知っていた。魚座になるのならば、それが絶対の理だと云われ続け、聖域以外行く処もなかった幼子はそれが運命ならばと受け入れていた。実際、それがどういう事かも判らなかったが、退路はなかったのだ。だから、揺らぐ理由もなかったというのに…、
(…規則や風習、伝統に拘るサガがどうしてそれを強く否定するのかわからない…)
教皇の言葉に反するようなそれを先程から紡ぐ双子座が、いつもの彼ではないようで、魚座のとまどいの半分はそれだった。
(何を焦っているの? 恐れているの? …サガは本当は何を…壊したいの?)
思わずサガを見上げると、視線の先でサガが悲しげな微笑みをみせた。握りしめてくれる手の力がやけに強いのは、(自分を励ましてくれているのではなくて、)────彼自身がなにかを恐れているからではないか。

そう思ったが、それを問う勇気すら今の魚座にはなく、教皇からの問いに答えるべく、魚座は口を開いた。

「私は、───」


(何を壊したいの? 何を、守りたいの?)



***



振り向かない空白(双子座)


冷静に考えなくちゃいけない事と、理性とは真逆のところから溢れ出る焦りと喪失感で、内からも外からも押し寄せている何かに耐えきれなくなって、思わず目の前の本を机からたたき落とした。遠くで、ばさばさと落ちていく音がする。でももう何もかも放棄したくなった頭を両手で抱えているサガにはどうでもよい音だった。うずくまるサガは、やがて訪れた沈黙の中で思う。 昔、教皇から頂いた本の左側の頁には傷だらけの教皇の冠、右側には教皇自身が記したという前聖戦の記録。何度も何度も目で追ったからもう読まなくとも内容は頭の中で繰り返され続けている。望もうとも、望まずとも。

「…違う、冷静になれ。……過去に拘るな…っしばられたら………私は、」

顔を覆う手の、指を一本一本ゆっくりとはずす。そうしなければ、また溢れてしまいそうだった。震える呼吸を必死に整えながら、よろよろとサガは立ち上がる。窓際に落ちてしまった本を拾おう。そしてまたしまえばいい。何事もなかったように。 黄金聖闘士である双子座が揺らいでどうするのだ(…教皇の座を目指すのであれば、尚更…)。

薄いカーテンの隙間から、ふと声がもれ聞こえた。あ、と小さな声をあげ、サガがその隙間から外を見た。光にあふれて透けてしまいそうな世界で、青年が子供をつれて楽しそうに歩いている。こぼれる笑い声が、とても尊くきこえた。

(……アイオロス、)

いつもと(それこそ、出逢った昔から)変わらないアイオロスの笑顔に、サガは何故だか恐怖と渇望を同時に感じた。指先がまた震え出して、止まらなくなる。

(たすけて)

口に出すのは禁忌であるその言葉を、それでもその瞬間、サガは胸中で叫んでいた。他でもない彼に、何故か、そうサガはその瞬間強く願った。

今この時、もし彼がサガに気付いて此処に駆け寄ってきてくれたならば、────そうだったのならばどれほど良かったのだろう。

遠ざかっていく笑い声をききながら、サガは窓の下でうずくまり、そしてそのまま気を失った。つたいながれる汗が、まるで涙のように頬を滑り落ちていく。


(どうして私達ばかりが、その責め苦を背負わねばならないのか)


※先代の双子として生まれたセージ様達はそれぞれの聖衣を得、それぞれの地位につけたのに、此の世代はどうしてそういうふうに上手くいかなかったのだろう。



***



すばらしい悪夢(蟹座+射手座)


「死の神の横っ面を殴ったらしいぜ、前の蟹座」
「そりゃまた偉大な御方だ」

そう心から感嘆して告げれば、むすっとされた。普段ではみられない表情が子供らしくて可愛かった。

「これみろよ! 神の嫌がらせだぜこれ!!」

模様かと思ったら、壁にこびりつくのは死仮面。目の前を、死霊がふよふよと一匹通り過ぎていった。

「まあ、俺が殺った奴のも混じってるけど。俺じゃなくて、先代のツケがまわってくんのが許せねぇ」

ああそう、と俺は適当に返事をしながら、宮の整理を手伝った。もとから荷物が少ない為、転居は今日中に完了するだろう。明日から彼がこの宮を守護するのだ。ぷんぷんと文句を云う子供が、双子座の次に担う重い責。彼が倒れれば、人馬宮までは無人である。
(まあ、そうならないよう余計にサガが踏ん張って、双児宮で死守しまくるだろうけど)

「…怖くなったら、俺の宮で寝てもいいよ」
「はぁ? 寝相の悪いあんたと寝るくらいならシュラと寝るよ俺は」

シュラもまた「ぎゃんぎゃん煩いデスマスクとは寝たくない」と嫌々そうに呟くだろう。そう想像して、アイオロスはあははと笑った。彼の笑いに呼応するように死仮面が震える。
「ああ、でも」とデスマスクがふと表情を変え、死仮面を見た。

「…俺も神の横っ面殴るくらいの事をしてすっきり死んでみたいな」

それがはたして悔いのない死に方だったのか、当人にしか判らない事だが。 まだ若干10歳の子供がもうすでに死に方について考えている事に、アイオロスは矢張り笑うしかなかった。
(きみは、どんなふうに死にたい?) (サガの答えを、俺は知りたい)

自分はどんなふうに死んでいくのか、まだ考えた事がない。



(080502)