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狂い咲いた桜のあの色が、忘れられない。 冬の終わりに狂い咲いた薄紅の花。暗く赤い炎がそれごと包み込んでいく。 真っ赤に泣きはらした目から涙は枯れる事はなく、震えた手足は痛々しげなほど細く、血と泥で汚れていた。汚れていた。噛み締めすぎて切れた口の端からもまた赤い血の線がつぅとつたっていく。悪魔だと、誰かが叫びながら炎の中にのまれていった。 燃えてゆく、消えてゆく、世界をサガはそれでも睨め付ける。狂気の色に染まった目で、さがしていた。「彼」をさがしていた。 この手で、殺せた事を確認するために。 「おまえの業は、あまりにも深い」 声が、そっと耳元でささやかれた。聞き心地の良いそれはしかし印象に残る前に消されてゆく。振り返る前に、目をふさがれた。体温のない掌に覆われる。何も、もう、みえない。 「お前が村ごと焼き払った為に、拭い切れぬ業がお前にふりかかった。強大な恨みの連鎖を、お前一人が生んだ。許されざることだ。だから、お前は罪を償わねばならない。地獄さえ生ぬるいと思わすような、罰をお前にわたしは与えよう」 感 情 を 殺 せ 、 サ ガ 血泥にまみれた体がびくりと大きく震えた。それに満足したかのように、先ほどよりも甘い響きを含んだ声となる。 「お前のその絶望にまみれた感情を殺せ。恨みの連鎖をうむ感情を封じ、そうして、私に仕えよ。すでにお前は人間ではない、地獄の住人として死する事のない命を、もうけっして誰にも『殺されない』命を永久に与えよう。そのかわりに、お前は永遠に地上の業を祓い続ける任を受けよ」 次にサガが目を開けた時、サガは世界が違う事を知った。世界が、時をとめた事を知った。かつて蒼かったこの瞳が、赤く変わってしまったように。血塗れた証のような、赤。 手の中で握りしめていた桜の花弁は、放した瞬間、塵に変わった。 サガは、彼がサガを殺した世界で生き続ける事を、知った。 * 季節は、それでも鮮やかに巡り続ける。 恨みもまた、巡り続ける。 ゆらゆら。ゆらゆら。 「…誰だ?」 「私を呼んだのは、お前だろう?」 漆黒の闇夜から不意に現れた影。人形のように精巧な面立ちの少年。赤い瞳だけがじっとこちらを見つめている。しかしその眼差しには何の感情もこめられてはいない。口を開かなければ、美しい人形のようにも思えた。 薄い唇が億劫気に言葉を紡ぎ出す。夜の静寂に紛れるかのような、小さなささやき。まがつ言葉。 「お前は、誰を恨み憎み、地獄へ流す?」 私は、お前の恨みを流しにきた。 「地獄って本当にあると思うか?」 思い詰めた顔で突然何をいうのか。アイオロスは飲んでいた珈琲を吹き出すのをすんでてたえた。周囲では、のんきな学生達がキャンパス内で楽しげにお昼をとってる、そんな最中での会話だった。 「…俺、そういう難しい話専門外なんだけど」 「おまえってそんなやつだよなー」 髪をくしゃりとかきあげながら応えると、苦笑された。どこか寂しそうなその顔に違和感を覚えた。 「おい、いったい…」 「地獄に、あいつを流そうと思う」 「あれはただの都市伝説じゃないか!」 「俺は、昨日、逢ったよ」 絶句した。 思えば、それが全てのはじまりだったのかもしれない。 (どうして、あの時、とめてやらなかったのか) 完全なる契約の証は、ただ一言。 心が決まれば、代償を支払ってでも契約を成したいというのならば、一言言葉を紡げばいい。 「 あいつを、地獄に流してくれ 」 赤い瞳がまた自分をみているようなきがした。 飛び降りようとしている友人を、アイオロスがみつけたのは偶然だった。荷物を全て放りなげて、大声をあげながら慌ててその体をひきとめようとした。暴れてもがく力もまた、強かった。 「くそっ、馬鹿!やめろ!!死ぬな!!!」 「放せ!!脳天気なおまえになんか何がわかる!!!俺は、「あいつ」を地獄に流したんだ!もう未練なんてない!!」 「だから死ぬって??阿呆か!意味わかんねぇよ!!大体、地獄なんて…」 「地獄は、あるよ」 ふっと拒絶の力がなくなった。その隙に引っ張り上げれば良かったのに、何故だかアイオロスの腕にも力がこもらなくなった。死ぬゆく人間の虚ろで暗い瞳がこちらをじっと見つめてきた。深い、深い、虚無。 「人を一人地獄に流すかわりに、俺も死後地獄に流される契約をした。業は、業自身を殺す事で終わる。俺も、今から、地獄に行くよ」 ふわりと、アイオロスの腕の中から消えていくぬくもりに、しかしアイオロスにはもうどうする事もできなかった。アイオロスの目の前に、否、空中に一人の少年が浮かんでいた。人間とは思えぬ美しくも無機質な表情の少年の目は、赤い。血のように、赤い。 「…………………きみが、」 地 獄 じっと見つめてきた赤い瞳は、夕焼けと相まってとても綺麗だった。 やがてその瞳がこちらへの興味をなくしたのか、ふいと顔をそらしその姿は夕闇の中へとけて消えていった。一瞬の、邂逅。邂逅? ずんずんと痛みだす頭を押さえながら、アイオロスは何かを拒絶するように首をふった。違う、と首をふった。吐き気すら、した。 気持ち悪かった。 きっと、一声でも言葉を紡ごうとすれば、意味のない叫びになると思った。雄叫び。悲鳴。絶叫。 うしなわれた友達の、重み。 恨んでいた相手を殺し、また自分も死ぬという行為。 だれかを、ころすということ。 死。 こんなこと、間違っていると、思った。 (なのに、想いと反して、俺は、) 泣いていた。 何故だか、とても愛おしくなって切なくなって、(抱きしめたくなって)、涙がこぼれていた。 * アイオロスは、サガを殺さねばならなくなった。 あの、15の冬の終わりに。 すがるような目でみつめてくるサガを、その美しい蒼い瞳を、永遠に忘れないだろうとその時アイオロスは想った。恐怖と絶望の最中で、そう思った。 そうして、サガをアイオロスが、殺した。 恨みは、巡る。 じごくしょうじょ (070320) |