※シュヴァリエのパロ。シーン抜粋。





サガが、死んだ。



愛すべき地、聖なる神殿の最奥。

神殿の白と自然の緑、空の青、そして朝焼けの光に満たされた中、その泉の中央で、まるで天からの祝福をうける聖女かのように、もしくは、地上の苦しみの一切をかわりに引き受けた聖者かのように、
静かに、そして相変わらず美しく、今まで彼がみせた事もないような穏やかな表情で、サガは死んでいた。死んでいないのかもしれなかった。境界線を危うくするぐらい、それはあまりにも完璧な無だった。
だれよりもなによりも、優しく甘く美しく、見るものにとって残酷な死。

それによって悲しみを覚える事はまるで罪のようなきがした。
(実際、カノンの胸中に芽生えたのは、勝手に断りもなく自分の一部を引きはがされた苦痛と悔しさ、報復の決意、)
(そして、確かにあってでも今は確かに穴のあいた、虚空の部分)


その当時、教皇に最も近い座に位置した最強の聖闘士を殺した犯人は結局みつからなかった。


***


「サガには死ぬ理由がありません。女神の御為、今自分が聖域に必要である事を兄が誰よりも判っていました」
「…そうね、その通りだわ。サガは、本当によくしてくれた…。あの尊き聖闘士をうしなって、私は…」
「女神。女神にはわたくしがおります。今のこの命は、アテナの慈悲によって存在するもの。女神の為に生き、女神の為に死ぬのがわたくしのつとめ。忠誠のあかしは、わたくしのこの命」
「…その誇り高き魂が、永遠に揺らぐ事のなきよう」

少女はそう告げて、静かに眼を伏せる。
地上はあまりにも目まぐるしく、彼女の眼に映る世界を変化させていく。まばたきする暇もおしむほどに。神にとっては光のようにあっという間であり、少女にとってはちりちりと痛む針の雨であった。



「行くのか、カノン」
多くの同志の墓穴を掘り続けている古き時代を知る男がそう告げて、微笑んだ。
「このままでは次々と死者が増えるばかりだからな。俺が行って、さっさと蹴りをつけてくる」
「双子の片割れのためにか?」
「知るか」
「………女神への忠誠があつい者ほど先に死んでゆくな…。聖域を包む女神の小宇宙が日増しに哀しみの色を深めている。次は、わしかの」
「はっ、死んでんのか生きてんのかわかんねぇ化け物のくせして」
「おぬしがいない間の聖域が心配じゃの」



「───何のつもりだ」
「此処は俺の隠れ家の一つだ。一晩ていどなら保つだろう」
「俺は一人でもあんな雑魚やれたぜ」
「その腰の剣。手に触れようとも思わないのだな」
「つかうほどでもない」
シンプルなつくりのそれは、しかし細かな装飾を施し、青を基調としたそれは品の良さがあった。封じられた剣。カノンのものではないからだ。
「あんた、だれ?」
「山羊座のシュラだ。貴公の命を守れと、ある御方から云われているんでな」
「………………………誰だよ、それ」
「聖域の守護星。双子座のサガ」



「おい、どうだった、シュラ?みたんだろ、あれの忘れ形見。秘宮である星」
「……………………」
「しけた面だなぁ、おい!なんだよ、はっきり云えよ。この甲斐性なし!」
「……………………似てた、な」
「……そりゃ、双子だ。性格は誤差ありだけど」
「見間違えそうになる」
「間違えたら、喰われて殺されるぜ」
「…サガは、何故、殺されたんだ…」
「殺した奴にきいてくれ」



「生まれた時から海に隠されていたんだってな。なあ、聖域での奴を知りたくねぇか?」
「生憎、興味ないな」
髪に触れてこようとする手をはねのけると、デスマスクがくっと喉をならして笑った。
「言葉はわりぃのに、仕草は奴と似てるのな」
「……俺を通して、あいつを悼むな」



「忠誠がなければ、自分を支えるものがないんで不安なだけなんだろ。あんたは、最初から何ももっちゃいなかったから」



「サガは、女神への、聖域への忠誠によって、死んだんだ」
「世迷い言を」
「何故、もっと楽に生きる事を選ばなかったんだろうな」
その男のそんな表情を初めて見た。



「おまえは気付かないのか。この腐りきって澱んだ世界に!平穏という名の怠惰な世界に!そして、裏で繰り返し流れ続ける同じ血、同じ宿命、同じ魂。神がつくったこのシステムを破壊せねば、我々は同じ道を延々と辿り続ける事となる。終わりも知らぬまま。最期にネジを巻きすぎて壊れるまで」
「ラダっ…!」
「女神に報復を」

意識はそのまま歪んだ。何が起こったのか判らなかった。
ただ、その力つきていたはずの手は、しっかりとその剣の柄を握りしめていた。

唇からは、自分が紡ぐはずのない言葉を呪文のように詠唱しはじめていた。カノンが判ったのはそこまでだった。あとは深く深く悲しい、慟哭の底に沈んだ(それは誰の感情の湖であったのか)。


ありえないはずだと、デスマスクは思った。だがしかし、その剣の軌跡は間違うことなく、それであった。涼しい顔をしながらも、その瞳の色は常に深い感情をひめている。
顔の造作は似ているといっても、だからといって、─────…


「……………サガ、」


報復の為に、かの魂は、最愛の器に帰還す。

それが、女神の最後の星見であった。



しゅう゛ぁりえ (070903)