生まれてこなければ良かった。


高い高い空をみて、そう思った。灰色のその世界は、今にも泣き出しそうで、重くて煩わしい。

生まれてこなければ良かった。
彼の顔をみる度にそう思う。

生まれてこなければ、良かったのだ。


彼の所作のひとつひとつをいつのまにか目で追ってる自分に気付いて愕然とした。思う以上に優しくできない自分に歯がゆさを増した。
気付けば、この唇から、彼が一番傷つくであろう言葉を選んで紡いでいる。

優しくできないのに、無視できない。
なのに、きらわれることをだれよりもおそれている。



これは誰のこころなのだろう。



(どうにもならない事をしりながら、どうして生まれてこようなどと思ったのだろう)



煩わしくていっそ、原形も判らなくなるくらい滅茶苦茶にしてしまいたいと思う心と同時に、
触れられないのに触れたくてたまらなくなる。



(たった一度、一瞬、彼が私をえらんでくれたら…ただそれだけで満たされるのだとしたら、)



その後など、どうでも良いのだと思う程。



「………アイオロス、」
「サガ」

翡翠色の瞳が驚いたように丸く開かれる。
雨はいつのまにかやんでいて、サガの頬につたう雫はただ冷たさを増すばかりであった。差していた傘と、そして閉じられたもう一本の傘、その2つの傘を手にしていたアイオロスは、もう用をなくしてしまったのか、安堵のような苦笑のような微妙な笑みをみせた。
ずぶ濡れだね、といって笑う彼がのばした掌は、優しく(サガにはけっして真似できないような純粋さで)サガの顔にまとわりついた髪をはらっていく。

「───虹…だ」
「へ。何処に」

「虹だよ」

虹をまとって現れた彼に、サガは弱々しく笑い返した。虹の中心にいる人に、虹はみえない。

そうやって、またサガの目を惹くのだ。胸を焦がすのだ。それが嫉妬なのか、思慕なのか、感情など所詮境界がつけられない。それは、嫉妬であると同時に思慕なのだ。
そして、殺してやりたいと憎むと同時に、深く深く恋い焦がれているのである。


本当に、どうして生まれてきてしまったんだろう。



虹と雨 (071210)

「虹と日傘」というシナリオを読んで。