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「おいで」 優しい声音はよく聞き馴染んだものと似ていて、でも違った。力尽きたように冷たい床へ体を横たわらせていたサガは動く気など一切なかったが、男の腕が無理やりサガの体を抱き上げてしまう。黒い法衣に、金糸がさらさら散る。大きな男の腕の中に、少年の体はすっぽりおさまった。 「…何処へ」 「外へ」 その時の季節は、世界が静まる冬であり、星が一切見えない夜であった。否、もうすぐ夜の時も終わりを告げる。 両腕で抱えられたまま行くのが鬱陶しくて(まるで大事な宝物のように丁寧に扱われて)、腕から逃れたサガの素足は濡れた大地に落ちた。仕方なく、前をいく男の後を追う。男が地に足跡をつける度にそこがキラキラとかすかな光の粉が闇に散っていくから、追うのは容易かった。男の体は不思議な事に星のかけらを落とす事ができた。だから今も、目の前を進む男から小さな光がきらきらとこぼれ落ちていくのだ。 「俺はね、昔 星を飲み込んでしまったんだ」 本当の星はもう空をみあげてもあまりよく見えない。 地上で、男が体から星のかけらをこぼしていくだけ。 「その星はもう空にいるのが疲れて落ちていこうとしてた…俺はその星を一等愛していたけど仕方がないと諦めた。摂理に従おうとした。手放そうとした」 それ以外の選択を選ぼうともしなかった。 「……なのに、星は最後の力で俺の側に落ちてきたんだ。まるで俺の側で眠ろうかとするように…だから、」 だから。 言葉はそこで途切れた。何を言おうとしたのか知ろうとも思わなかった。 その時、サガの脳裏をかすっていく光景は、惜しみ無くふりそそいでいった流星群の夜にみた少年の翡翠の色の瞳である。星など本でしか知らなかったサガにひとつひとつ指をさしながら難しい本にはない安っぽい伝承を、その少年は教えてくれた。初めての出会いであった。 だから、 「流れ星を飲み込んでしまったお前の願いを叶えるのは一体誰なのだろう」 そう告げた。流れ星の根拠のない伝承もまた、涙をいっぱい眼にためていたサガを慰める為に少年が教えてくれた事である。 目の前の男は立ち止まり、振り返った。そのまなじりから散ったのはやはり星のきらめきだった。いつかに限り無く近くて、でもなによりも遠い翡翠の色が苦く笑う。少年と一回りも年齢が違う男を、サガは見上げた。 「君が知りたいのは、俺の答えじゃないんだろう?」 お互い、そうであった。2人には、もう互いしかいないというのに、それでもいつだって、傍にいながら互いに遠い人の事を考え続けていた。サガは、少年を。男は、「星」を。それほど、特別であった。特別だったのだ。理由なんて、とうの昔に忘れてしまった。 「…もういい。どけ」 「君は俺を殺すべきだった。『彼』を特別だと思うなら。俺の魂を此処で砕けば良かったんだ」 朝陽が、もう近い。紫がかる空の先。此処が聖域の随分外れだと知る。 男の体を押しのけ先を進もうとするが、男の背に広がる景色を見ようとする前に、男の両手がサガの眼をふさいでしまった(まるでいつかのように)。 サガの髪に顔をおしつけた男が、悔いるように声を震わせた。きっとまた、星がぱらぱらと散っているのだ。 「今すぐ君をさらってしまえればいいのに」 「……聖域から、私は二度と、でない」 また、此処に戻ってくる。彼が、そう最後に誓ったから。 「なら、どうして」 その声はうやむやのうちに消えていった。そんな情けない言葉を取り消すが如く男が、サガの唇を奪ったからだった。ほんの、一瞬。星がきらきらとかすかな光をこぼす程度の。 視界を取り戻したサガは、陽をさえぎる男をみた。きらきら、きらきら、光り輝いている。まるで、涙のように。 連れてきたのはこの男のはずだった。 「…本当に、さらってしまえればいいのに」 笑っていない男の顔は何とも珍しいもののように思えて、サガは今になってようやく男の顔を真っ直ぐと見つめた。初めて、男を本当に見た。 男が星の光となって朝陽の中に溶けて消え、その先に「少年」の姿をサガが見つけるまで。ずっと。 サガはそれまでずっと、大切なモノを飲み込んでしまって行き場を見失った男の顔をみていた。男は大切なものをどう扱っていいのか知らなかったのだ。他の何にもかえられないたった1つの大切なものがあるだなんて、彼は知らなかったのだ。この眼の前の少年のように。 だから、いざ、それを前にして選択を迫られた瞬間、こんな結末しか選んでくれない。 愛した大地に横たわった少年の頬を、サガはゆっくりと撫でた。星の名残が、朝陽を浴びてきらきら輝いていた。朝陽の果て。青空に帰りたかった。 それから、13年後。 予期した通り、聖域に女神が再び帰ってきた。青空の果てから。 そして、空をかげあがっていく流星のような輝きを、サガは見た。射手座の聖衣が流れ星のようにかけあがっていくのをサガは見たのだ。 「…おかえり」 彼は、昔からサガの願いだけは叶えてくれるのだ。 スターダスト (080110) ※シジフォスとサガ…でした…28歳(推測)と13歳がやばい!と思ったけど、書き上げたのは何だか萌えがずれまくってどうしようもなくなりました。。 |