特別な日だった。



「…次にもし、生まれ変わるなら」

生まれ変わるのなら。
そこで青年の言葉が途切れた。思わず、遠くをみていた瞳を青年にむければ、その美しい翡翠色の瞳を細めて彼は微笑んだ(ひきずりこまれてしまいそうな程の、深い、みどり)。見なければ良かったといつも思う。

「花になって生まれてきて欲しい」

翼も、足も、声ももたない姿となって。

「女神と地上を守護すべき双子座の星の理からはずれて?一輪の花に?」
「…だったら、いいなと思った」

らしくない笑顔の仕方をしながら、青年はそれでも眼差しだけはそらそうとしなかった。その瞳があるからこそ、だから、双子座の青年ももう先程まで焦がれるようにみていた遠い景色を見つめる事ができなくなった。そうやっていつも、この青年は、そうだった。思わず、笑みを刻む。

「ただの花となって、それでどうなる?」
「そうしたら、俺が一生傍に、大切にして、はなさないようにしておく」
「先の大戦の『英雄』様のお言葉とは思えない。それは、あまりにも残酷で、────卑怯だ、」

わざとらしく告げた「英雄」という言葉に案の定、ほんのわずかに(それこそ風が肌に触れる程の)小宇宙を揺らした青年は、それでもどうにか顔を笑みの表情に保って、そっと腕の中にあるものを、双子座の青年にさしだした。両の腕でも抱えきれない程の、花束を。

「…生まれてきてくれてありがとう。今日という日が、君にとって一生の幸いになるよう」

そう耳元でささやかれ、渡された花々の清廉な色に(あまりにも相応しくなくて)双子座は笑みを深めた。射手座の青年の体が完全に離れる間際、額に柔らかくてでも冷たいぬくもりが触れてすぐに去る。
離れていったそれが、何故だか不意に、永遠に喪われ続けていく何かのように思えた。 こうしていく間にも、全てが指先から終わっていくような。

「────、」

双子座が射手座の名前を呼べば、「何?」とすぐに声が返ってきた。

「口のない花の相手なんて、きっと虚しくて寂しいだけだ」

彼の瞳を見ずに、ただ彼が贈ってくれた花々だけをひたすら見つめていたら、頭の少し上で彼の笑う気配がした。見なくても、判った。

「いい。永遠の片思いで、俺は別に…いいんだ」

(傍にいてくれるのなら…)
どういう瞳の色で、こちらを見ているのか。見なくても、判った。

双子座の背後からは、波音がたえず聞こえてくる。海が荒れるように嘆くように、もしくは祝福でもしているのか、今日は朝からずっと騒いでいた。今日は、特別な日だった。幾度転生しようとも「ひとつ」に戻れない大切な片割れと、二人に別れて生まれた日だった。海に愛されて、海で死にかけた…双子座の大切な人。 射手座が呼ばなかったらずっとその海を見ていただろう。

(今度は花に生まれ変わってしまおうかと云ったら…半身はきっと怒るだろうな)


もちろん、双子座は今の生に充分満足しているのだし、それは昔もそしてこれからの未来も変わらないのだとそう思っている。後悔など、しない。だから、これで…良かった。(射手座も同じ気持ちなのかどうかは知らないが)
こうして、(たとえ、欠けたままでも)生まれてきて、きっと良かった。
これからどんな未来を辿るのか判っているくせに、絶望しきっているくせにそれでも「ありがとう」と告げた彼と、出会えて良かったのだ。


花束が風に吹かれて、腕の中で花を数枚散らしていく。




君に世界中で一番美しい花を贈ろう (070530)


前世ポセイドン編後。海龍と双子座の関係を知りなおかつ双子座がかばった事(双子座が聖域から、射手座から離れる予兆)を知ると同時に、海龍を倒した事によって「英雄」の宿業を受けてしまった射手座と、例年と変わらずひとりきりの誕生日だった双子座。
タイトルは「モンスター」のヨハン。