「何故、死すべき人間の体を選んだのですか?」

その声音は夜の静寂にふさわしい美しい低音でもって、美しい少女の耳を喜ばした。寝台に横たわる娘は、ふふと艶やかに笑う。姿形は頼りない少女そのものだというのに、その表情だけがあまりにも少女らしからぬ艶をみせる。髪の毛に飾っていた花がはらはらと散り、白魚のような指が、ハクレイの頬に触れる。

「貴方と同じ人間だから、貴方にこうして触れる事ができるのよ」

一瞬だけ黄金色に輝いた瞳をみつめながら、ハクレイは少女の好きなようにさせた。少女の細い腕が、青年の首に深く絡まっても。 外では弟たちが、寝ずに聖域を、否、彼女を守る為に陣を張っているというのに。判っていながら、それでもハクレイはその少女の矢張り頼りないとしか思えない重みとぬくもりを感じながら、目を瞑る。乾いてしまった眼球が鈍く痛んだ。

「だからこそ、より一層、守りたいと思うの」

彼女の、否、女神の声に、素直に頷けない自分は矢張り聖闘士にはふさわしくないのだと、実感した。苦しくなってもがくように口にした名は、しかし「アテナ」であり、それに応えた少女の顔はでも女神のそれではなくきょとんとした少女の顔である。一瞬躊躇ってしまいそうになったが、今この場をのがしたら永遠にできないようなきがしていたので、ありったけの気力をふりしぼって少女の腕を自分の首から解いた。弟が自分を呼んでいるのが判りながら、冥王軍との戦が間近に迫っているのを理解しながらも、ハクレイは少女のその白い指先に口づけを贈る。

「……それでは、私が、貴方を守ります」

うつむきがちに云った聖闘士としての「最後」の忠誠の言葉に(もうこの時点で、彼は聖闘士をやめる事を決意していたのだ)、女神たる少女は、その少女本来の無垢な笑みで笑い返した。
本当に守ってしまいたいのは、この頼りない少女そのものだった。
(触れることができる。だからより一層、俺は後悔するのだ)


手なら尊敬。(若ハクレイと女神)


***


「ちゃんと検査を受けろよ、カルディア」
「へいへい、射手座さま!」

執務室のドアを思いきり乱暴に閉めてやれば、中から再び煩い声がきえこてきたが無視する。言いつけを守るきなどない。このまま闘技場にいって候補生たちを片っ端からぶちのめしにいこうかと考えながら、12宮の階段をるんるんで降りていたのだが、下から見慣れた顔が近づいてくるので俺のテンションはすぐに下がった。常に陰気な顔をどうにかしろ。

「カルディア、少し顔を貸せ」
「は?なんだよ突然。デジェル…っておい!!」

近づいてきた同僚は、俺の返答などきこうともせず、むりやり俺の長くのびた横髪を掴み、ひっぱった。クールな面して、こいつのこの乱暴さ加減、どうにかしれくれよ!
俺がそう思っていたのも一瞬だった。気付けば奴の瞳が間近にある。吐息が届く距離。俺は目が点になる。他になすすべなし。

「……矢張り、熱があるな。暴れすぎた莫迦」

乱暴者の水瓶座は、俺の額と自分のそれとをあわせながらそう叱った。ひたいとひたいがごっつんこ。
「てめぇなぁぁ!」と怒鳴り返そうと思ったら、(持病のせいで)熱が一気に沸騰し、気を失った。


「…シジフォス…俺やっぱりあいつに補佐されるのやだ」
「子供かお前は」

ベッドに拘束されている俺の訴えは、教皇補佐様によってあえなく却下される。

「俺からみればお前たちは良いコンビだと思うよ。さっきだって、俺が来る前、お前ぐっすり寝てたじゃないか。デジェルが傍で看病してるってのに」

一匹狼の暴れ者が誰かの存在を許すだなんて、信じられない。とシジフォスは笑うが、それは単に、強制的な慣れだ。戦闘後、俺の燃えたぎって己自身ですら気を失うほどのそれを、水瓶座がいつもその冷気によってさまし続ける。俺が目覚めるまでずっと。彼は、俺が目覚めるまでただ待ち続けてる。

「…俺は、信頼しあえる友がいるって良い事だと思うよ」
「信頼、ねえ」
「信じる。信じ続けること、俺はそれが最もこの世で清いことだとおもう。…大事にしろよ」

わざわざ云われずとも、お互いがお互いの「望み」の為、その日まで協力しあう事を、誓い合っている。
(ただ、奴といるとそんな日が遠い先のように思えてしまうから、嫌になる)


額なら友情。(蠍座と水瓶座)


***